【読書】稲生平太郎『何かが空を飛んでいる』UFOとオカルトに興味がある人類必読の書

空飛ぶ円盤の世界は魑魅魍魎の跋扈する伏魔殿である。訪れたひとは数多いが、無事に戻ってくることはめったにない。そこでは人間の紡ぎ出す幻想、妄想が現実と融け合い、精神と物質の境界は曖昧なものとなる。
(中略)
混沌をきわめ非合理が支配する円盤の錯乱した世界――そこには僕たちが自分自身を、あるいは<現実>を理解するために重要なものが潜んでいるというのが、実は本書のテーゼのひとつである。稲生平太郎『何かが空を飛んでいる』P12

本書を読もうとしたきっかけは前に記事にした『虚空門GATE』を知るきっかけになった柳下毅一郎の映画レビュー記事である。

UFOとUFO体験についてのもっとも優れた本のひとつである稲生平太郎の『何かが空を飛んでいる』は、UFO体験の複雑さについて語っている。「円盤は一筋縄ではいかない」と稲生は言う。あるとかないとかそんな単純な話ではない。UFO体験は現実とフィクションが混ざり合うところにあるのだ。
『虚空門GATE』「ある」か「ない」かなどではない。ここにはまぎれもなく現実が露呈し、そして何かの光が写っている。これこそがまさにUFO体験なのだ

「もっとも優れた本のひとつ」と言われたら興味も湧くってものでしょう。そこで実際に読んでみたら……確かに滅茶苦茶面白かった。

『何かが空を飛んでいる』は、妖精伝承の歴史やスピリチュアル、レイシズムの思想などからUFO体験を解き明かしていく第一部「何かが空を飛んでいる」、「ハイズヴィル事件」から始まる19世紀後半の欧米を席巻したスピリチュアリズム、オカルティズム、日ユ同祖論などを論じた第二部「影の水脈」、日本の民俗学の祖である柳田国男たちを神秘体験に魅せられた人間たちとして捉え直す第三部「他界に魅せられし人々」からなっている。

第二部の西洋近代スピリチュアリズムの歴史やオカルティストの話はとても興味深かったし、第三部の柳田国男分析は単なる民話の収集者ではない柳田像、自分が柳田に感じていた”いかがわしさ”、”トンデモっぽさ”の印象を裏付けてくれるようで非常に面白かったのだが、この記事ではUFO体験についての感想を主に書こうと思う。長くなるので。

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UFOの正体は妖精だった!?

まず『何かが空を飛んでいる』で取り上げられるのは、UFO体験に伴う「小人」の報告例である。第三種接近遭遇1)『UFOとの遭遇』の分類で、空飛ぶ円盤の搭乗員と接触することの事例には円盤搭乗員あるいは円盤の近くにいた存在として、身長1~1.5メートルほどの小人の存在が報告される。

具体的な例として、「ジョー・シモントン事件」がある。1961年アメリカのウィスコンシン州でジョー・シモントンという老人がある日朝飯を食べていると、銀色に輝く円盤が庭に降下してきて、中から1.5メートルほどの搭乗員が出てきてシモントンに三片のパンケーキを与え、身振り手振りでシモントンに水を要求し、去っていった。残されたパンケーキを分析にかけると、すべて地球の物質からできていたが、当然入っていなければならない塩がまったく欠如していたという。


グルメな宇宙人現る!? 「クッキーをくれた宇宙人事件」

この事例に西洋の妖精伝承との共通点を見出したのがフランスの有名なUFO研究家ジャック・ヴァレだ。妖精伝承では人間と妖精の間で水とケーキがしばしば交換され、一部では妖精は塩を食べないと伝えられる、ということをヴァレは指摘した。こうした発見に導かれてヴァレは円盤と妖精との関連を論じた『マゴニアへの旅券』を発表した。この『マゴニアへの旅券』もしくは『マゴニアへのパスポート』是非読んでみたいのだが、日本ではちゃんとした邦訳は出されてないらしい。私家翻訳はあるのだが入手は困難なようで、伝奇にもSFにもいかようにしても使えそうな面白いネタに思えるのでもったいない。

ここから妖精伝承とUFO体験の相似について記述されるのだが、それがものすごく面白い。

妖精の目撃情報とUFOの目撃情報は区別できない

まず出されるのが以下の証言だ。

(一)クリスマスの数週間前、とある闇夜の夜更けのこと、私ともうひとりの若者はリメリックから……帰途につくところだった。リストウェルの近くまできたとき、私たちは約八〇〇メートル前方の光に気づいた。それは最初どこかの家の明かりにしか見えなかったが、近づくにつれて、私たちの視界からはみだし、前後上下に動いているのがわかった。それは火花ほどの大きさに縮んだかと思うと、今度は黄色に輝く炎へと膨らんだ。リストウェルに辿り着くまえ、右手九〇メートルのところに、私たちは最初の光に似たふたつの光に気づいた。突然、それぞれの光は、高さ一.八メートル、幅一.二メートルほどのさきほどのような黄色に輝く炎へと膨張した。そして、それぞれの光の中に、私たちは人間のかたちをした光り輝く生き物を見た……。

(二)ラフロッタンルに近い家へと戻る途中、ひとりの男は突然明るい光を見た。火事ではないかと案じてその場に駆けつけた男が目にしたのは、地上一メートルもないところに浮かぶ直径約一二メートルの光り輝く球だった。球は赤色、さらに青色へと変わり、高速で垂直に飛び去っていった。
稲生平太郎『何かが空を飛んでいる』P24

この2例はどちらもUFOの目撃情報に思えるが、(一)はW・Y・エヴァンス=ウェンツの『ケルト諸国における妖精信仰』(1911)にある「妖精目撃事件」、(二)は1954年のフランスにおける円盤目撃例。現代人が謎の光体や人間らしき人影を見たら自動的にUFOに結びつけてしまうが、20世紀初頭のアイルランド人にとっては妖精の出現として解釈されてしまうのだ。人間が妖精と出会う典型的パターンも似通っていて、「深夜馬に乗っていると馬が理由もなく立ち止まり不思議な光と音が知覚され続いて妖精が目撃される」というのが妖精目撃のパターンだが、馬と車を置き換えればUFOの目撃パターンと酷似している。

誘拐事例と妖精

空飛ぶ円盤騒ぎが始まったのは1947年6月24日、ケネス・アーノルドがワシントン州上空で9つの高速で移動する謎の物体を目撃した「ケネス・アーノルド事件」から始まり、円盤熱はアメリカを中心に全世界へと広がった。

円盤現象の基本的パターンは初期の数年間で出揃ったと言えるが、1960年後半になって初めて出てきたのが「誘拐事例」である。それは1966年に出版された『中断された旅』によって世界に知られた「ヒル夫妻誘拐事件」が始まりだった。『中断された旅』自体は一種のゲテモノとして捉えられたが、1975年に同じような誘拐事例の「ベティ・アンドレアソン事件」が起こり、アメリカの円盤研究界に誘拐事例研究ブームが巻き起こる。

誘拐事例の典型的パターンは以下のようなもの。「被害者」は円盤を目撃する。目撃記憶には奇妙な空白があり、場合によっては「被害者」は原因不明の不安、恐怖にさいなまれる。数年後、あるいは十数年後、退行催眠によって「被害者」は「記憶」を回復、空白の時間に自分が「搭乗員」(多くは小人)によって円盤内部に拉致され、身体的検査を受けたことを知る。

読めばわかるように「誘拐事例」には客観的証拠がほとんど存在していない。誘拐に先立つ第三者の円盤目撃の証言があったりするケースもあるが、退行催眠によって誘拐された事例を思い出すのが基本だ。さらに「被害者」たちは多くの場合、退行催眠を受ける前に円盤研究者と長期間接触しており、円盤研究者たちが催眠術のセッションに参加して質問をしているという事実がある。誘拐事例の顕著なパターンに深夜運転中誘拐されたという事例が多く、これは運転中、運転者と同乗者ともに覚醒と睡眠の狭間にあった可能性が高い。

またヒル夫妻は黒人男性と白人女性のカップルであり、当時のアメリカでは法的にも黒人は差別されていた状態だった。旅行先で好奇や軽蔑の目で見られているという意識が被誘拐幻想を産み出したのかもしれない。またベティ・ヒルもベティ・アンドレアソンも外的要因によって子供が産めない体になっていたという。不妊によって受けた精神的衝撃が搭乗員による子宮検査という記憶につながったのかもしれない。夫婦、家族関係にまつわる精神的不安が被誘拐体験幻想を産み出したというのが納得の行く説明だ。

これら誘拐事例はUFO体験が妖精伝承の現代バージョンである可能性を更に強く示唆している。なぜなら妖精の活動として最も知られ、かつ恐れられていたのが、妖精による人間の拉致だったからである。「取り替え子チェンジリング」がその代表例だが、赤ん坊だけでなく老人を除く人間の男女すべてが妖精に狙われるとされている。

誘拐事例から退行催眠の部分をとっぱらって要素を整理してみると、(i)搭乗員との遭遇 (ii)「円盤」内部への拉致 (iii)身体的検査 (iv)解放と整理できる。

(i)については円盤を伴わないことも多く、いきなり寝室に小人が出現するというパターンもあり、妖精とUFOの間に断絶はない。「搭乗員」と遭遇した後、被誘拐者は麻痺あるいは失神状態に陥り、「円盤内部」へと運び込まれる。これも妖精の拉致と同じで、『アイルランドの古代伝説、神秘的魔術、迷信』(1887)においてF・S・ワイルドは「妖精の凝視の邪悪な力はひとを……死の如きトランス状態に陥れ、その状態で肉体は妖精の宮殿へと運び去られる」と書いている。

(ii)「円盤」内部と妖精の「宮殿」には一致点などなさそうに思えるが「光に満ちているが光源が存在しなかった」という証言と妖精伝承の宮殿の描写は一致する。

(iii)の身体的検査だが、被誘拐者の記憶によれば搭乗員が筒、針、細長い棒のような器具を手にしていたというが、これは「魔法の杖」そっくりであり、実際、この器具を”wand”と証言する人もいる。

(iv)解放の後に被誘拐者はしばしば時間の空白に見舞われる。妖精界を訪れた人々の体験もまったく同じで、数日滞在していたはずが人間界では数週間経っていたなんてことになる。

傷痕と魔女狩り

また、円盤搭乗員が被誘拐者の体に切開を施すというのが基本的パターンにあるが、この後被誘拐者は体の一部に妙な傷痕があることを思い出す。実際その怪我の写真を見るとかなりの大怪我だったと思われるものが多いが、子供時代に大怪我をしていたのであれば家族が覚えていないのは不自然だ。しかし、誘拐されてからその傷ができたということを証明することはできない。

この被誘拐者の徴というべき傷痕だが、西洋の魔女狩りにおいては悪魔は自分を崇拝する人間の皮膚に印をつけるとされている。いきなり魔女狩りなんて言葉が出てきて驚くかもしれないが、日本ではほとんど報道されていないけれど、80年代においてアメリカでは「悪魔崇拝者が儀式で幼児を虐待した」という主張、悪魔的儀式虐待が真剣に告発され裁判にまで発展したという歴史的事実がある。まさに現代の魔女裁判である。

悪魔的儀式虐待(あくまてきぎしきぎゃくたい、英語: Satanic Ritual Abuse, 略称: SRA)とは、悪魔崇拝者の儀式に子供たちが供されて性的・肉体的に虐待されたとする主張で、1980年代に全米各地で告発が相次いだ。しかし、現在は多くはモラル・パニックに過ぎなかったと考えられている。
アメリカ合衆国では、何万人もの子供達が悪魔崇拝者らによって虐待され、殺害されていると考える人が少なくなかった。現在もそのような認識を持つアメリカ人は少なくないが、FBIなどの統計上は、そのような事実は認められない。FBIは結局国内で悪魔崇拝者らが幅広く虐待を行っているという事実はない[1]と結論を下している。これはアメリカの特に宗教に熱心な地域社会で広まったものであるということで、悪魔崇拝者のレッテルを貼られた者に対する文字通りの現代の魔女狩りに過ぎなかったといわれる。
wikipedia悪魔的儀式虐待

この悪魔崇拝者による幼児虐待というのも、ミシェル・スミスという多重人格に悩む女性が退行催眠によって、幼いころに悪魔崇拝者の儀礼に繰り返し無理やり連れて行かれて虐待を受けたという記憶を思い出したという『ミシェルは覚えている』という本がきっかけで広がっていった。これは誘拐事例のブームと退行催眠という点でパラレルだし、時間的にも並行している。こうした記憶回復療法は、様々な反証と幼児虐待で訴えられた被告の再審があり、2002年のアメリカ精神医学会の会議で「記憶回復療法の論争は死んだ」と宣言されて現在では無くなっているようだ。

UFO体験のバックグラウンドにある思想

UFOカルト

円盤に関係する運動の中で一番社会的に影響力が強いのは「UFOカルト」だ。UFOカルトの成立は、教祖がある日突然宇宙人と接触することから始まる。この接触は必ずしも肉体的なものである必要はない。頭の中に宇宙人の声が突然聞こえてきたでもいい。そして単に宇宙人と会っただけでなく、宇宙人がコンタクティを通して伝えると称されるメッセージが重要になる。

メッセージは基本的には「(a)宇宙人は科学的にも精神的にも人類より遥かに高度な段階に達している」「(b)太古から人類を見守ってきた、あるいは人類を創造した」「(c)核兵器(50~60年代)あるいは環境破壊(70年代以降)、あるいは愚かな指導者(時代を問わず)のせいで地球は破滅の危機に瀕している」という警告から成り立っているという。ただ、これって宇宙人を天使とか天の声に代入すれば、宗教の始まりってだいたいこんな感じの気がする……。具体的に名前を出すと身に危険が及ぶので出さないが、あなたの思い浮かべているそうそれのことです。

UFOカルトとは一種の終末論的メサイアニズムである。UFOカルトを馬鹿にするのは簡単だし、そうしたくもなるけれど、こういった終末論的メサイアニズムというのは、いくらちゃちなものに思えようと、人類の歴史全体を通して馬力があるものなんだ。これは認めなくちゃいけない。
稲生平太郎『何かが空を飛んでいる』P61

UFOカルトは広義の意味でのオカルティズムの範疇に入れるのが可能であり、UFOカルトはしばしば既存のオカルティズムを積極的に吸収してきた。ブラヴァッキー婦人によって創設された神智学は極端なシンクレティズム2)相異なる信仰や一見相矛盾する信仰を結合・混合すること、あるいはさまざまな学派・流派の実践・慣習を混合すること――ウィキペディアから引用を基本原理としているためか円盤や宇宙人とは相性が良い。

UFOカルトの第一次黄金時代を作ったのはジョージ・アダムスキー。もともと神智学をまねたようなオカルティズムで食っていて、1949年には『宇宙の先駆者』というSF小説を出版している。戦後ハンバーガー屋で働きながら暮らしていたアダムスキーが世界中の脚光を浴びることになったのは1953年の『空飛ぶ円盤着陸せり』の発表によるもの。これと続編の『宇宙船の内部で』(1955)は世界的ベストセラーになり、宇宙人と会見したと主張するコンタクティがどっと名乗りをあげはじめた。昭和30年代前半にこのブームは日本に波及しているし、「宇宙友好協会(CBA)」が形成されたりもした。三島由紀夫の『美しい星』はCBAのことを知らないと理解できない部分が多い。

宇宙人とレイシズム

宇宙人とレイシズム、これほど並んでいて違和感のある単語はない。しかしコンタクティの記録を読めばわかるが、UFOカルトにおいて地球の救世主ないし創造者とされる宇宙人の多くは金髪碧眼の存在である。これはアダムスキーの会った金星人から共通している。19世紀ごろからヨーロッパではキリストは金髪碧眼であったと唱える人々が登場し始めた。これは「歴史的事実」と反するから大きな勢力にならなかったけど、宇宙の彼方からやってきた存在ならそんなことはどうでもよくなる。コンタクティの亜種に「星の乙女スター・メイドン」という自分が宇宙人だとか宇宙人の生まれ変わりだと主張している奴らがいるのだが、あるスター・メイドンは金髪碧眼白皙の北欧人種は高度に進化した金星人の子孫だと公言してはばからないという。

ただし、目撃者が恐怖や不安に苛まれる第三種接近遭遇の場合、レイシズムの表出がコンタクティと別の形態を取る。救世主とされる宇宙人が高等人種としてイメージされるが、敵意や邪悪を秘めた存在の可能性が高い場合は劣等人種のイメージをとる。宇宙人が背が低く、東洋人のように目がつり上がっていたなんて報告は欧米のUFO文献にあふれている。

円盤墜落/回収事例と陰謀論

円盤業界で誘拐事例と同じくらい賑わいを見せているのが、円盤墜落/回収事例と陰謀論である。

円盤が墜落し、軍がそれを回収したという話はアーノルドの最初の円盤報告から数年後、フランク・スカリーの『空飛ぶ円盤の背後に』(1950)ですでに登場した。この話はスカリーの情報源が札付きの詐欺師であるという事実によって笑いものにされてしまったが、空飛ぶ円盤が宇宙人の機械であるなら円盤墜落/回収されていてもおかしくはない……ということで、アメリカの円盤研究界は円盤墜落の証拠を求めていた。

そんな中1980年代にチャールズ・バーリッツ(バミューダ・トライアングルで当てた人)とウィリアム・ムーアの共著、『ロズウェル事件』が出版されベストセラーになり、円盤墜落/回収事例は大きく燃え上がった。

ロズウェル事件とはどんな事件か? 1947年7月2日の夜、ニューメキシコの田舎町ロズウェルで謎の光体が発見され、翌日地元の牧場で飛行物体の残骸が発見された。このことが軍に通報され、8日にはロズウェル陸軍航空基地の広報係が「円盤を捕獲した」という声明が発表されたのだが、即日残骸の正体は観測気球だったという訂正が出て、単なる誤報事件に成り下がったというのがその顛末である。

このロズウェル事件が起きたのはケネス・アーノルドが円盤を目撃したと8日後、アメリカ中の話題になっていたときだ。つまり声明に関するかぎり、プラクティカル・ジョーク、またはマス・ヒステリアの犠牲という可能性をまず疑うべきだった。ちなみにこの声明がアメリカ陸軍の公式声明にされてるけど、これはあくまで非公式のものだった。

この忘却されていた出来事を再発掘したのは『ロズウェル事件』で、最も強力な証拠とされるものは目撃者による残骸についての証言だが、もちろん残骸は現在どこにもないし、その残骸が円盤である必然性はまったくない。

そのロズウェル事件を裏付けるものとして出てきたのが「MJ-12(Majestic Twelve)」文書である。1952年付のアメリカ政府の数ページからなる機密文書のコピーという体裁で出てきたもので、ロズウェルにはやっぱり宇宙人の乗ってる円盤が落ちてきていて、1950年にも別の地点に一機墜落してきており、軍が回収して、トルーマン大統領が12人の権威者からなる委員会を設置して「MJ-12」作戦を発動させたというもの。回収された円盤の残骸や宇宙人の死体は、オハイオ州ライト・パターソン空軍基地の第18号格納庫に収められているというのが定説。実写トランスフォーマーの「セクター7」の元ネタってこれかと読んでいて思いましたね。

この円盤墜落/回収事例の中心にあるのは円盤や宇宙人ではなく、政府がきわめて重要な秘密を隠匿し、国民を操っているという陰謀理論だ。しかし,この陰謀理論がまったく何もないところから生まれたというわけではない。それはウォーターゲート事件によって情報自由化法が改正され、政府からUFO関連文書が出てきたということが背景にある。政府はUFOに関して何もしていないというのが公式見解だったのが、実はCIAとかFBIとか軍部はUFOについて調査していたというのが明らかになったのだ。

しかし、自国の国土に正体不明の飛行物体がうろうろしてるなら国家が調べてみるのは当たり前のことだ。最初は本気でも円盤が国家の利害に抵触しないということがだんだんわかってくる。しかし、円盤について真偽不明の情報が入ってくればとりあえず書類にするという官僚制の自動運動が働いただけだ。

話をややこしくしてるのは、情報機関関係者の中には円盤がソ連の秘密兵器じゃないと判明すると、こうしたマス・ヒステリアはアメリカの体制を撹乱するためのソ連の陰謀だと考えるやつもいたことだ。これも大概妄想なのだが冷戦期においては現実と無関係にリアリティをもって響くのも当然至極。予算がおりて調査が実行されることになる。情報自由化されて解禁された政府文書のひとつに空飛ぶ円盤「信仰」を撲滅するプロパガンダの組織化を提唱しているものがあるのはなんら不思議ではない。円盤関係者は政府に監視されているのは俺たちがやっているのは重要かつ大きな秘密があると思いこんでいるが、実は権力に内在する不条理性は世間の常識なんてぶっ飛ばすっていうのを忘れている。

日米の陰謀論への広がりの差異

世界の全貌がやがて鮮明に見えるはずだという信念を、僕たちはとりわけ近代以降意識的、無意識的に吹き込まれている。しかし、現実はこれとは裏腹に複雑化を加速させ、その乖離のなかで、僕たちは生きている。さらにメディアなどによるマニピュレーションも、陰謀理論家たちの語るのとは別のレヴェルで進行している。眼前に広がる混乱した世界、時として理解不能で制御不能の生、それでも、たしか世界は鮮明に見えるはずだと教えられはしなかったか? もやもやする、すっきりしたい、というのはある意味で人情ではなかろうか。恐らくは誰かが、はっきりと固定可能の何かが、この混乱を惹き起こしているにちがいない……。
 かくて、ユダヤ人が世界支配を画策している、アメリカ政府が宇宙人と組んで人類の支配を狙っていると言っちゃえば、すっきりへの欲望は満たされる。仮定される主体は別になんでも構わない、相互互換可能である――多国籍企業でも秘密結社でも。肝腎なのはすっきりすることだ。僕たちの生を決定する複雑で解きほぐすことがほとんど絶望的に思えるようなさまざまな要素、手に負えない力の複合物を、ひとつの理解しやすい主体へと書き換えろ……。
稲生平太郎『何かが空を飛んでいる』P84

著者はこうした陰謀理論は欧米で顕著なもので、わけのわからない複雑な世界をすっきりとした考えで見たいという近代西欧精神に内在する思考だとしている。そしてアメリカに比べて日本では誘拐事例や円盤墜落/回収シンドロームがあちらほど大規模に流行しないのは西欧精神が存在しないからだと説明している。

 僕なりの解釈、あるいは独断では、因縁とは世界を複雑な相互関係から生じているものとして眺め、そういう世界をなるほどなあと受け容れることである。原因と因果はつまるところ分離不能であり、循環している。つまり、それは西欧的因果律とはまったく対立するものなんだ。僕たちは世界に明滅する諸現象の関係を、原因→結果の一対一対応では捉えていないんだと思う。世界は単一の原因へと遡行、還元できるようなものではなく、インドラの網の喩えにあるような網目状の存在としてある。
 ひるがえって、西欧、つまりユダヤ=キリスト教世界では、現象世界は最終的には「第一原因」へと還元できるもの観じられている。そこでは、直線的な因果律、原因から結果へとまっすぐと延びていく連鎖が、世界を支配していることになっている。東アジアの多神教社会と唯一絶対神社会の差は大きいぜ。明敏な読者はすでにお気づきのように、陰謀理論とは実は、絶対神の支配する世界という像の陰画あるいはパロディになっている。換言すればユダヤ人とか宇宙人とかいうのは影の神、悪魔と同義なのだ。
 結局のところ、西洋思想とはすっきり思想と言えなくもない。それが現代西欧文化が世界を覆っている理由のひとつではあるだろう。すっきり思想は気持ちがいい。便利である。しかし、すっきりだけでは世界はすまない。それでも、すっきりへの欲望は断ちがたい……。したがって、ユダヤ人は相も変わらず世界顚覆運動を企んでいることになろうし、円盤は何度でも墜落しなくてはならないだろう。
稲生平太郎『何かが空を飛んでいる』P86

うーん最近は日本でも陰謀論者が増えてきた感があるがアメリカと比較するとどうなんだろう。流石に地球平面説とか政府が宇宙人と結託してるみたいな陰謀論は日本では力をもっていないと思うが、政治の面ではどうかなぁ……。少なくともこれが書かれた年代からは状況が変わってきてるのではないか。これもある意味日本が真の意味で欧米化してるということなのか?

ついでだから言っておくと、トランプが選挙の票が操作されていると叫んで日本のリベラルが陰謀論者たちを笑っているが、トランプ以前に日本でも選挙が操作されているというツイッター上での陰謀論があったことを忘れちゃいけませんよ。

選挙結果をウラで操作!? 安田浩一が暴く ”ムサシ陰謀論”

そこで「いやバイデンはやってないけどアベはやってるから! 間違いないから!!!」っていうのは完全に陰謀論者の世界ですからね。ムサシ陰謀論を唱えながらトランプの陰謀論をあざ笑っているような人はいないと思いますが念の為。

スピリチュアリズムと円盤

19世紀後半、死者の霊が存在し、それとの交信が可能であるというスピリチュアリズムは欧米を席巻した。ある観点からすればスピリチュアリズムと円盤はきわめて類似している。人間が死者の霊と交信したのも、人間が空に何かを見たのも、スピリチュアリズムや円盤騒動以前からあったことだ。しかしそれがある日突然そんなことが今まで無かったかのように大騒ぎになり、<現象>のほうも極端な加速を与えられて多様化、複雑化し、なんだかわからないままに一部の信奉者だけ残して収束する。円盤騒ぎもあと数十年すれば正体不明のまま過去の遺物に成るだろうと著者は書いている。

実際この『何かが空を飛んでいる』が出たのが1992年で何十年もたったわけだが、たしかに円盤騒動は過ぎ去り過去の遺物になった感はある。それでも『虚空門GATE』のような映画ができたりして完全になくなったわけではないだろう。

また、「二十一世紀の前半には別の不可解な<現象>が出現、世間を大いに賑わしているだろう」とも予言しているが、今のところまだそういった熱はないようだ。コロナウイルスの社会不安に乗じて何かが出てくるかもしれないが。

UFOとオカルトに興味がある人類必読の書

UFO体験とUFO運動の裏側に通底している人間のイマジネーションの系譜について論じており、UFO関連のブックガイドも充実。第二部は近代オカルトについての少しのとっかかりがないと読んでて厳しいかもしれないが、逆にオカルティズムについて興味があれば非常に興味深い。第三部の柳田国男の神秘体験の志向や山人論と海外の人類学理論との関係も読み応えがある。かなり濃い本なので一気に読むと胸焼けしてしまうかもしれない。

UFOとオカルトについての知識や観点、物事への解像度を大幅に引き上げてくれること間違いない一冊。UFOかオカルトどっちかあるいは両方に興味がある人類は必読の書と言っていいのではないか。興味がなくてもアメリカの陰謀論業界への理解が深まるので読んでも損はしないと思う。是非読んでください。

脚注

脚注
本文へ1『UFOとの遭遇』の分類で、空飛ぶ円盤の搭乗員と接触すること
本文へ2相異なる信仰や一見相矛盾する信仰を結合・混合すること、あるいはさまざまな学派・流派の実践・慣習を混合すること――ウィキペディアから引用
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