【Kindle unlimited】『人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか?』トンデモ本っぽい題だが、脳科学の知見がわかる真面目な本

前回の記事から続けて読んだ方は「また宇宙人かよ」とお思いになるかもしれない。しかし本書『人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか?』は真面目な脳科学の本である。

いや私も『何かが空を飛んでいる』のおかげでUFO熱がにわかに高まり、アマゾンで「宇宙人 誘拐」などと胡乱な検索をしていたら、そのものズバリな本が出てきておまけにKindle unlimitedで無料で読めるということで、内容も確認せずに飛びついたのだが。

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脳科学の知見がわかり、日常的な疑問の脳科学的説明が面白い

原題は「NeuroLogic(神経の論理)」で間違いなくこの方が正確なタイトルだが、こんな扇情的な邦題がなければ確かに私の検索にひっかからなかったのでその販売戦略やヨシとしよう。原著は2015年出版で邦訳は2017年。著者のエリエザー・J・スタンバーグは神経科医で、本書には著者が実際に診察した患者の例も登場する。

本書では、ウォルターのケースのように不可思議な神経の病気から、日常的な感情や決断まで、そこに潜在する論理、それらが意識的経験を作り出す仕組みを紹介する。その目的は、ポピュラーサイエンスや心理学の分析と同様に、人間の考え方や行動様式に潜む道理を発見することにある。

エリエザー・J・スタンバーグ『人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか?』訳;水野涼

本書は「こういう時脳のこのへんがこう働く」という神経学的な研究を用いて、人間の自我が意識と無意識のふたつのシステムから成っているという考えのもとに、脳科学の知見を紹介したり、日常的な疑問を脳科学のトピックから論じている。

論じている問題は幅広く、「奇妙な夢でも見ている最中は不思議に思わないのはなぜか」とか、「アスリートが行う頭の中でのシミュレーション練習が実際に効果があるのはなぜか」とか「交通信号をちょっと変えただけなのに事故が頻発するようになったのはなぜか」とか、「スポーツ観戦で熱中できるのはなぜか」とか、「脳が偽物の記憶を捏造するのはなぜか」とか、「解離性同一性障害患者で、人格によって失明状態だったり眼鏡をかければすむだけだったりするのはなぜか」など数多くの話題を扱い、最先端の(まぁ2015年だから現在の最先端はこの本に書かれているより進んでいると思うが)脳科学の研究や、脳科学におけるトピックを読者は知ることができる。

作者が神経科医ということもあってか、様々な症候群を患った患者の例が色々出てくるのだが、その症候群とその脳科学理由付けも興味深い。例えば失明したことに気が付かない「アントン症候群」とか、視覚障害が原因で幻覚を見る「シャルル・ボネ症候群」とか、自分を死んだと思いこむ「コタール症候群」とか、知り合いが全員他人とに入れ替わったと思い込む「カプグラ症候群」とか。

特に興味深かったのは、統合失調症患者の章で、彼らが聞く”幻聴”は実は自分の声であり、自分の声を自分の声と認識できなくなる、自己と非自己の区別がつかなくなるのが統合失調症なのだというのは面白かった。また、それと共通する原因で「統合失調症患者は自分で自分をくすぐることができる」というのも印象深い。

fMRIの活躍スゲー

読んでいて思うのはfMRIの活躍っぷりだ。fMRIは血液中のヘモグロビンの性質を利用して脳の活動がどの部位で起きているか画像化する手法だが、ほとんどのトピックで脳のどこが活動しているかを調べるために登場している。人間の頭の中を割ったところで思考なんてものは出てこないのだから、どんな時に脳のどこが活動しているかが鍵になるのは当然だが、逆に言うとこのfMRIが無かったら脳の活動なんて調べようがないのではないか? 脳を損傷した患者の人格の変化などから、前頭葉が人間の感情をコントロールしているのではないかという研究は1800年代にされていたが、まさか脳のどこがどういう働きをしているのか、脳を傷つけて確かめてみるわけにはいかないだろう。fMRIが開発されたのは1992年のことらしいが、1992年以降の約30年のあいだにわかった脳の知見は1992年以前の知見の何百倍にもなるのではないか。ロボトミー手術なんていうのはfMRI以前の乱暴な脳科学でやってたから駄目だったのであって、今やったらけっこういいところまでいくのでは? なんて思ってしまう。

宇宙人は脳からやってくる

この本を読んだ目的の宇宙人についての話だが、宇宙人の誘拐は、睡眠麻痺、つまり金縛りによる幻覚であると説明されている。睡眠麻痺は眠りから覚める時、意識を取り戻すのと筋肉の制御を取り戻すのに時間差が生じた時に発生するが、激しい精神的苦痛や窒息感、幻視や幻聴を伴う。体を押さえつけられ、侵入者がいるように感じるという睡眠麻痺の症状は、宇宙人による誘拐の描写と似通っている。この奇妙な侵入者の存在はどこから来るのか? その犯人は側頭葉であると本書は述べる。

何か存在している感覚を惹き起こす側頭葉

側頭葉てんかんを患っているアリソンという患者に施された実験で、アリソンの頭皮に電極を装着し、左側頭葉に電気パルスを送った結果、アリソンはいままでいなかったはずの”誰か”が部屋にいるような感覚に襲われた。横たわっていたアリソンに起き上がってもらい、ふたたび側頭頭頂接合部に電気パルスを送ると、今度は影がとなりに座っていて彼女の腕を掴んでいると話した。一連のカードに書かれた単語を読むという課題中に電気パルスを送ると、「影が戻ってきてカードを取り上げようとする」と彼女は証言した。

側頭葉を正確に刺激するとすぐ近くに他者の存在を知覚する。アリソンは電極を装着して脳に電気パルスを送っていることを知っていたから神秘的・超自然的な意味を与えなかったが、そのような刺激が自然に発生したらどうなるだろう?

側頭葉の刺激は霊的体験とも関係しており、ハイパーリリジアシティー(hyperreligiosity)といって、側頭葉てんかんの1~4パーセントが宗教的出来事や目覚めを体験する。ある実験では磁場を発するヘルメットを使用して側頭葉の特定の領域を刺激すると、被験者は様々な霊的体験をしたと報告した。亡くなった親戚の存在を感じたという人もいれば、体外離脱をしたという人もいるし、「別の存在」を感じたが、神や霊的な存在かどうかはわからないという人もいた。

恐怖による幻覚を脳の無意識のシステムが宇宙人など様々な説明付けをする

また、瀕死体験者や強い慣性力にさらされた戦闘機パイロットは同じような奇妙な幻覚を見ることが知られている。両者には脳が突然酸欠状態になるという共通点がある。臨死体験の研究によれば、脳と目への血流が妨害されると、脳が視覚を補足しようとすることが示されている。これはレム侵入といい、脳が恐怖やパニックを弱め落ち着きをもたらそうとする働きの副次的影響だ。ここで私はパイロットが幻覚を見たということに注目してしまった。なぜなら、世界で初めて「空飛ぶ円盤」を見たというケネス・アーノルドはパイロットだったからだ。もちろんアーノルドが空飛ぶ円盤を見た時どんな飛行をしていたかはわからないのでなんとも言えないが、可能性の一つとして考慮してもいいかもしれない。

そして睡眠麻痺患者は臨死体験やレム侵入が生じる可能性が高いことが研究によって証明されている。恐怖が幻覚を起こしやすくしているのである。人質目的で誘拐された男性や、ベトナム戦争で捕虜として拘束されたアメリカ人兵士からも幻覚を見たという証言がある。捕虜に捉えられた兵士も睡眠麻痺患者も、暗闇に閉じ込められている、身動きがとれず無力感を感じている、恐怖を感じているという3つの共通点がある。こうしたストレスがレム侵入を惹き起こし、幻覚を見せているのだろう。

このような睡眠麻痺による幻覚が原因と思われる話は世界中にいろいろある。1970年代、カナダの漁村で暮らす人々は「鬼婆」という幽霊に悩まされていた。メキシコでは「死者が上に乗るスピルセ・エル・ムエルト」と呼ばれており、かつてのイギリスでは「停止スタンド・スティル」という幽体離脱の伝承が語り継がれていた。麻痺と幻覚が同時に起こるという状況に脳の無意識のシステムは説明を求め、それを理解するために話を作る。どういう話が選択されるかは、個人の過去の記憶や育った環境・文化によって異なり、現代のアメリカ人にとっては宇宙人に誘拐されたという説明がいちばんしっくりくる説明なのだ。

脳科学や、人間の自我について興味がある人にオススメ

これだけまとまった量で研究成果なども含めて脳科学の知見にふれることができるのは良い。どの章もどのトピックも非常に興味深いので興味があったら是非読んでほしい。脳科学や人間の自我について興味がある人にはオススメです。この記事で断片的に書かれたトピックや疑問についてちょっとでも気になるものがあるなら読んでも損はない。Kindle unlimited対象でもあるしね。

Kindle unlimitedに入っていれば無料で読めるので登録するのもオススメ。初回登録時は30日間無料なのでタダで本書を読むことも可能です。

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