「kindle unlimitedで読めるオススメ小説の紹介記事があんまり無いなぁ」と言ってる人をツイッターで見たので、そういう記事を書こうと思って最近はkindle unlimitedを重点的に読んでます。溜まったら改めて記事にする予定。
ロバート・W・チェンバース『黄衣の王』
ヒアデスの歌ふ歌も、
<王>の襤褸のはためきも、
聞く者なきに消え去りぬ。
昏きカルコサにて。
ロバート・W・チェンバース『黄衣の王』訳:遠山直樹
「黄衣の王」という本が作中で意味深に出てくる連作短編集。『名誉修繕人』『仮面』『ドラゴン小路にて』『黄の印』の四編を収録。
1895年に出版された当初はクトゥルフ神話とは関係なく書かれたホラー小説なのだが、1927年に本書を呼んだラヴクラフトが「黄衣の王」やあれこれの固有名詞を自分の短編『闇に囁くもの』に登場させたせいで、クトゥルフ神話の一部になった経緯がある本。
『名誉修繕人』は架空のアメリカの未来を書いた小説だし、『仮面』には生物を大理石化する薬品が出てきたり若干SF要素がある。
『名誉修繕人』は狂人視点の話だし、『ドラゴン小路にて』と『黄の印』は謎の存在に今まさに狂わされようとする人間の一人称語りで書かれていて、いわゆる「窓に!窓に!」的オチ1)語り手のすぐそばに冒涜的存在が迫ってきて語り手がパニックになるあるいは狂気に沈むオチがつくので一般的クトゥルフ神話イメージに沿っているのだが、『仮面』は異色のハッピーエンドで逆に心に残った。
アーサー・マッケン『白魔(びゃくま) (光文社古典新訳文庫)』
中編『白魔』と『生活のかけら』と、『翡翠の飾り』の「薔薇園」「妖術」「儀式」が収録されている。
二つの中編『白魔』と『生活のかけら』は神秘体験を得て、神秘家としての道を歩む人間を書くというテーマで共通している。ただわかりやすい怪異が出てきて惑わされた人間がどうにかなってしまう話ではないので上級者向けの一冊。神秘体験や神秘家に興味があるから結構楽しく読めたけど普通のホラー好きが読んで楽しめるかはかなり疑問。
『生活のかけら』はなんかいいように、幸福そうに書いてるけど、夢や古文書の解読にとりつかれた主人公を別の書き方をすればホラーにもなってしまうだろう。幻想文学っぽくなるのが中盤以降で、それまで急に手に入った臨時収入で新しい家具を買うかの夫婦のあれこれとした相談が話の主体なのだが、これが糠味噌臭い生活スケッチで日本のしょうもない私小説かってくらい地味で読むのがしんどいのでやっぱり上級者向けだったりする。だけど、クトゥルフ神話を作ったラヴクラフトやダーレスがマッケンを絶賛してたりするんだよねぇ。
自分が『白魔』を読んでいて目を剥いたのはここの部分
「それじゃ、一体何が罪なんですか?」とコットグレーヴは言った。
「御質問には質問を以ておこたえしなければならんね。いいかね、真面目に訊くが、もしも君の飼っている猫や犬や君に話しかけて、人間らしい流暢な言葉で議論をはじめたら、どんな気持ちがするかな? 君は恐怖にすくみ上がるだろう。絶対そうに決まっている。そして、もし庭の薔薇が不気味な歌をうたいはじめたら、君は気が狂ってしまうだろう。それから、もし仮に、道に落ちている石ころが、目の前でどんどんふくれて大きくなったら──前の晩に見た小石が、翌朝石の花を咲かせていたら? まずこういった例を考えてみれば、罪とは本当はどんなものかということが、多少想像できるかもしれん」
(中略)
「お話をうかがってびっくりしました」とコットグレーヴは言った。「僕はそんなこと、考えてもみませんでした。もしそれが本当なら、すべてが引っくり返ってしまいますね。そうすると、罪の本質とは、本当は──」
「天に奇襲攻撃をかけることにある、と私には思えるね」とアンブローズは言った。「それはつまり禁じられた方法で、この世界とはべつの、もっと高い次元を浸そうとすることじゃないかと思うんだ。本当の罪がきわめて稀なものである理由は、それでわかるだろう。より高い次元であれ低い次元であれ、許された方法であれ禁断の方法であれ、べつの次元を浸そうなどと考える人間はめったにいない。大方の人間は、与えられた生活に大いに満足している。だから聖者は少ないし、(本当の意味の)罪人はもっと少ないし、天才というものも時として、この両者の性格を有するから、やっぱり稀だ。そう、概して偉大な聖者よりも、偉大な罪人になることの方が難しいだろうな」
アーサー・マッケン『白魔(びゃくま) (光文社古典新訳文庫)』訳:南條竹則
これは錬金術の思想であり、アーサー・O. ラヴジョイが指摘した西洋の伝統的観念「存在の大いなる連鎖」を指すものであり、クトゥルフ神話が書こうとした外宇宙からの恐怖が書こうとした原理を明確に言語化してしまってないか!? マッケン恐るべしかもしれん……。
アルジャーノン・ブラックウッド『秘書綺譚~ブラックウッド幻想怪奇傑作集~ (光文社古典新訳文庫)』
『空家』『壁に耳あり』『スミス──下宿屋の出来事』『約束』『秘書綺譚』『窃盗の意図をもって』『炎の舌』『子鬼のコレクション』『野火』『スミスの滅亡』『転移』が収録されている。
文章の緊迫感が良い。ただ昔の作品なだけあって簡単に終わりすぎというか今だったらもう一展開あったなという感想が出る作品が多い。
『スミス──下宿屋の出来事』では魔法陣が発光する描写が書かれており、アニメ的な表現の源流を感じる。
剥き出しの白い床板には、何か黒い塗料で大きな円が描いてあり、その塗料は微光を発し、煙を上げているようだった。この円の中には──また外にも、一定の間隔を置いて──同じ黒い、煙を上げる物質で奇妙な図形が描いてあった。これらも、かすかな光を放っているように見えた
アルジャーノン・ブラックウッド『秘書綺譚~ブラックウッド幻想怪奇傑作集~ (光文社古典新訳文庫)』訳:南條竹則
タイトルになっている『秘書綺譚』は超自然的ホラーかと思わせておいてサイコホラーというどんでん返しが1906年という発表年を考えると先進的かも。
アルジャーノン・ブラックウッド『木の葉を奏でる男: アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選』
『柳』『転生の池』『雪のきらめき』『微睡みの街』『砂漠にて』『死人の森』『オリーブの実』『ウェンディゴ』『木の葉を奏でる男』が収録。
『秘書綺譚』と同じくブラックウッドの短編集だが、面白さは断然こちらの方が上と感じた。『秘書綺譚』の作品に感じた「もうこれで終わり?」感はこちらにはほとんどない。しかし、もちろん描写力は比較にならないが、話の筋によくできた洒落怖2)2chオカルト板のスレッド「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」に書き込まれた怖い話の総称。簡単に言うと素人の書いたネット怪談を想起させるものがあった。短編で怖い話となると同じようなパターンになるということか、それとも洒落怖の元ネタがブラックウッドなどの古典幻想文学なのか。多分前者。
『転生の池』はタイトルの通り前世の記憶ものなのだが、本題に入る前の第一次世界大戦に大きな影響を受けた若者の自分語りパートが興味深かったりする。『雪のきらめき』は雪山怪談の傑作。『ウェンディゴ』は展開もブラックウッド作品としては多めでこちらも傑作。表題作『木の葉を奏でる男』は木の葉を口に当てて不思議な旋律を奏で、異教の神に帰依するアウトサイダーについての短編。『木の葉を奏でる男』に限らず全体に感じる異教趣味は作者が黄金の夜明け団に所属していたせいもあるのかしら。
なんとなくクトゥルフ神話っぽい要素も感じられるが、ブラックウッドはラヴクラフトの1、2世代前の作家なので、ラヴクラフトが突然無から出てきた作家ではなく、クトゥルフ神話もホラー小説史の一部分であるということなのだろう。手塚治虫が突然生まれて漫画を作ったわけでもなく、ビートルズが0から音楽を生み出したのではないように。当たり前だけど何かが突然出てくることはないという大事な話。時々評論家や創作者にすら、手塚治虫やビートルズは突然無から湧いて出た存在なんだというパスツール以前の世界観で生きている人もいるから困る。
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