【原作と映画比較】『スタンド・バイ・ミー』

 前回は『ショーシャンクの空に』について書いたが今回は『スタンド・バイ・ミー』について原作と映画の比較をやっていこうと思う。


ここから小説と映画の結末についてのネタバレあり
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小説と映画の違い

 映画ではドラッグストアの裏手でゴーディとクリスが銃を撃った後、不良に脅されてクリスは屈服するが、原作にはこのシーンはない。いわゆるハリウッドの三幕構成に従ったものだろう。第一幕で主人公の問題が提示され、第三幕で問題が解決されるというヤツだ。死体の権利をめぐって不良グループと争う時にクリスが逃げず立ち向かうというクライマックスシーンから逆算して、序盤で不良に負けるシーンを作っておいて成長を見せるというわけだ。

 原作を読むとこれはささやかながらかなり大きい改変に思える。原作のクリスは最初からタフガイとして書かれているからだ。成長を見せるためには「最初にクリアできなかった課題を冒険をくぐり抜けた後はクリアできた」という見せ方をした方がわかりやすいのは確かだが。


 ついで、最後に不良グループのリーダー、エース・メリルと対決するシーンで、映画ではクリスが前に立ちふさがり、ゴーディが銃を持ち出してエースを退散させるが、原作では役割が真逆。ゴーディが自分の兄のことを言われておれのでかぶつをなめるんだな、けちなチンピラ野郎めとタンカを切り、クリスが父親の銃を撃つ。

 なぜゴーディとクリスの役割を交換させたのだろうか。銃はクリスの父親のものなので原作のほうが自然なのに。


 映画では四人は近道するために線路から外れて森に入りヒルのいる池に落ちるが、原作では線路から外れない。ヒルに食われるのは線路際のビーバーが作ったダムに入ったから。

 これはささいな改変に思えるだろうけど、大きな改変だ。なぜって原作では線路から外れるなんてありえなかったと書かれているからだ。

基本的な出来事はすべて、高度の儀式、通過儀礼、変化が起こる魔法の通廊をともなっている。(中略)線路を歩いていくのが当然のことのように思えたのは、通過儀礼というのは魔法の通廊だから、つねに通路――これは結婚のときに通るものでもあるし、埋葬されるときに運ばれるものでもある――が用意されている。わたしたち四人の子どもの通廊は、二本並んだレールだった。
スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』山田順子訳 P242

 ゴーディが鹿と出会い、そのことは他の三人には隠しておこうと思うシーンもそうだが、原作で書かれる人の心を時折支配する魔術的感覚については映画ではほとんど再現できていないと言わざるをえない。


 映画ではパイの早食い競争の話があるが、原作だともう一つ、ゴーディが自分をモデルに書いた小説『スタッド・シティ』が挿入される。このパイ食いの話も『スタッド・シティ』もキングの習作らしい。

 一人前になった小説家ゴードンの評価そしてなによりも、六〇年代の色が強すぎるという評価がなんとも面白い。だって『スタンド・バイ・ミー』自体が六〇年代の音楽やカルチャーまみれの小説じゃないか。映画でもマイケル・ジャクソンにカバーさせたものではなく、1961年に発表されたベン・E・キングによるオリジナルの曲「スタンド・バイ・ミー」が使われている。


 映画では死ぬのはクリス一人だが、原作ではゴーディ以外の三人が死ぬ。

原作と映画どちらが優れているか?

 これは難しいところ。映画の方が優れているところはあると思う。たとえば終わり方。ゴーディとクリスが別れて、その後の四人について語られ、場面は現在に戻り「十二歳の頃と同じ友達は二度とできない」で終わった方が圧倒的にスマートだ。原作では四人が別れた後不良の報復にあう描写などが続き、そんなこと別に読みたくないよという気分になる。

 映画では原作で繰り返し出てくる「重要な物事は口に出して言うのが難しい」「ことばは大切なものを縮小させてしまう」という文を完全に切り落としている。映画はもともと文章じゃなく映像なので、言葉にすると縮小されてしまうものも描けるから削ったのだろうか? しかし、原作で書かれている生と死の距離感、魔術的感覚と、映画での少年たちの空気感、ノスタルジーの雰囲気はどこか違うものがある。

 少年時代の友情と冒険というノスタルジーの美しさという観点から言えば圧倒的に映画だろうが、無垢な時代への決別というポイントでは原作の方が優れているように感じる。頭がいいゴーディと、家庭環境が悪いクリス、そしてアホなテディとバーンという社会的地位の違いについて小説のほうではキチンと書いてるからだ。映画にすると背景描写が少ない分個性の違いレベルに見えてしまう。映画でもゴーディとクリスの二人がメインでテディとバーンは脇役だが、原作だと明解にゴーディとクリスは自分たちと二人との間に線を引いている。

 そうした違う階級に所属する子どもたちの友情と、友情を持ちながらもこれはそう長く続かないと自覚するほろ苦さ、それが淡々と描かれているのが原作の良さだと思う。

 映画と原作、どちらが優れているか悩ましいが、悩ましいというのはそれだけ映画のクオリティが高いということ。映画化に成功しているかどうかでいえばしていると評さなければいけないだろう。

『ショーシャンクの空に』と『スタンド・バイ・ミー』の共通点

 原作は語り手による過去回想という共通点がある。また、『ショーシャンクの空に』ではアンディー、『スタンド・バイ・ミー』ではクリスという強い意志を持ったタフガイについて語られているという共通点も。

 中年の弁護士と家庭環境の悪い少年とでアンディーとクリスはまったく違うキャラクターだが、キングの描写の仕方には共通するものがある。

クリスは笑いながら歩み去った。わたしのように傷ついていないというように、わたしのように蚊や、スナノミや、ブユに悩んだわけではないというように、足どりも軽く、優美な歩きかただった。まるでこの世に悩みはひとつもないと言わんばかりの、屋内水道設備もなく、破れた窓にはビニールが貼ってあり、家の前ではたぶん不良の兄貴が待っているにちがいない、たった三部屋の家(小屋、という方が真実に近い)に帰るのではなく、豪邸に帰るところだと言わんばかりのくったくのなさだった。
スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』山田順子訳 P289

メートンは、運動場を歩きまわるときのアンディーが、まるでカクテル・パーティーにいるかのようだといった。おれならそんな表現はしないが、やつのいう意味はわかる。前にもおれがいったとおりで、アンディーは見えないコートのように自由をはおっていたし、けっして囚人的な精神状態におちいらなかった。やつの目は、けっしてあんなどんよりした目つきにならなかった。一日がおわって、みんながまた果てしない夜を迎えにめいめいの監房へもどるときも、けっしてあんな歩き方――あの猫背のひきずるような足どり――にはならなかった。アンディーは胸を張り、足どりはいつも軽やかで、うまい手作りの夕食と、愛妻の待っている家へ帰るようだった。
スティーブン・キング『ゴールデンボーイ』浅倉久志訳 P109

他キング作品とのつながり

 舞台になっているキャッスルロックの街はキングの想像した架空の街であり、他のキング作品でも舞台になる街である。

 作中ではっきりと言及されるのは『クージョ』と『ショーシャンクの空に』。

しかしそういうのら犬たちも、ゴミ捨て場の管理人のマイロ・ブレスマンを襲うことはない。なぜならばマイロはかたときも、チョッパーを手許から離したことがないからだ。チョッパーというのは――少なくとも二十年後に、ジョー・キャンパーの飼い犬のクージョが狂犬病にかかるまでは――四十マイル四方(とわたしたちは聞いていた)にわたって、もっともたちが悪く、時計さえ打つのをやめてしまうほど醜い犬だった。
スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』山田順子訳 P111

 『スタンド・バイ・ミー』は『クージョ』の二十年前の話ということらしい。映画のチョッパーは可愛らしい犬だったが、クージョは装丁からしてもう怖い。

 またショーシャンク刑務所はキャッスルロックの近くにあるのかテディが話題に出すし、クリスを刺し殺した男はショーシャンク刑務所から出てきたばっかりの男だ。

「それにさ、二、三ヶ月少年院に入りゃすむんだろ。勲章みたいなもんじゃないか。つまりさ、おれたちはたったの十二歳なんだから、ショウシャンク刑務所には入れられっこないよ」
スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』山田順子訳 P276

一九七一年も終わりに近い頃、ポートランドで、クリスは三個入りのスナック・バケットを買いに、<チキン・ディライト>へ行った。彼の前で、二人の男がどっちが先に列に並んだかで言い争っていた。一方がナイフを抜いた。わたしたちの仲間うちでいちばん仲裁役がうまかったクリスは、二人のあいだに割って入り、喉にナイフを突き立てられた。ナイフを握っていた男は、四つの施設を転々としてきた経歴の持主だった。そしてほんの一週間前にショウシャンク州刑務所から出てきたばっかりだった。クリスは即死だった。
スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』山田順子訳 P307

動画配信サービスについて

 プライム・ビデオには入っているが見放題作品ではない(2018年12月現在)。この記事を書く前にアマゾンプライムでレンタル(200円)して見直しました。

ビデオマーケットでは都度課金(ポイントレンタル)作品になっている(2018年12月現在)。

 それからこれはちょっと大事だが、ベン・E・キングの『スタンド・バイ・ミー』はアマゾンプライムミュージックで聞ける。この記事は『スタンド・バイ・ミー』を聞きながら書きました。

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