【感想】短編集『岸辺露伴は戯れない』

『岸辺露伴は叫ばない』に続いて同時発売された『岸辺露伴は戯れない』も積ん読からおろして読んだ。

『叫ばない』に比べると若干ホラーよりかな? それにしてもタイトル『岸辺露伴は戯れない』というが、仗助とチンチロで対決してたし、『ザ・ラン』で筋肉の神にちょっかいを出したのは<戯れ>そのものなんじゃあないかと一ツッコミ入れておく。

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各話あらすじと感想

『幸福の箱』北國ばらっど

「――この部屋は、まるで幸福の詰まった<箱>だ」
『岸辺露伴は戯れない』P34

知り合いの古美術商、五山一京ござんいっけいに奇妙な品を見せたいと言われ自宅に招かれた露伴。雑多で物置のような部屋に通されウンザリする露伴だが、五山に不釣り合いな美しい妻がいたことに驚く。五山は<幸福の箱>と呼ばれる品を見てほしい、とだけ告げて風呂敷包みをテーブルの上に残して家を出ていってしまう。

あまりに人を食った態度に怒った露伴は<箱>の中身が気になりつつも思い通りに動いてたまるかと帰ろうとするが、テーブルのそばを横切った時、風呂敷の中から<ガシャン>と音がなった。焦って露伴が確認してみると包みの中にはバラバラになっている陶磁器製の箱が入っていた。一度は焦ったものの、自分は何も謝ることなどないのだと開き直り改めて陶磁器の破片を注視する露伴。欠片の文様を調べ、手にとった破片と破片を組み合わせ確信する。それは特別な人間にしか組み立てられないパズルだということに。

*

本家の「岸辺露伴は動かない」シリーズにあってもおかしくない完成度。五山夫婦のすれ違う愛の関係は解決されるわけでもなく、ただ「そういうもの」として露伴は去っていくだけだが、それが短編シリーズらしくていい。

五山と取引を行うにあたって予めヘブンズ・ドアーの力を使っていたというのは唸らされた。いかにも露伴らしいし、読み直すと確かに質問したことに対して嘘の言えない男などと描写されていてさり気ない伏線としてよくできている。

『夕柳台』宮本深礼

「<夕柳台>はね、素晴らしいぃぃ~場所じゃよ。とても静かでねぇ……」
『岸辺露伴は戯れない』P90

子供たちが遊ぶ姿をスケッチしに公園に来た露伴は、しゃべることができない6、7歳の少年、ケンちゃんと出会う。露伴が漫画家だと知ったケンちゃんの母親は露伴に彼の身に起きた不思議な出来事について語りはじめる。

ケンちゃん達一家は仕事の都合で1年ほど前に杜王町のはずれにある住宅地<夕柳台>に引っ越してきた。家の近くにあった柳の木に囲まれた公園でケンちゃんを遊ばせていると、ふと突然公園が静まり返り、ケンちゃんが足にしがみつき怖気のある表情でこう言った「そこで変なお猿さんがにたにたしてる」と。指差す先を見ても何もおらず気の所為だろうと済ませるが、その日から度々ケンちゃんは遊んでいる時<猿>を目撃するようになる。そしてある日ケンちゃんは突然何者かに覆いかぶされたように仰向けに倒れてしまう。母親には見えない<猿>に襲われたケンちゃんはそれ依頼口が利けなくなってしまったらしい。

話を聞いた露伴はその目で取材するため<夕柳台>へむかう。

*

杜王町って大概ヤバい場所だけど(特にジョジョリオンの)<夕柳台>もまた危険なスポットの一つ。4部だとまだ良いところ面白いところなどプラス面が描かれてたけど「動かないシリーズ」の杜王町は常に危ない面が描写されている気がする。基本短編ホラーなのがそうさせるのか。

今作の露伴は登場初期のとにかくリアリティを追求し、そのためにはなんの犠牲も厭わないって感じの露伴だった。まぁ飛んできたボールや棒を平気で他所の家に放り投げて絶望した子供の表情をスケッチとか普通にやりそうなのでなんとも……。

『シンメトリー・ルーム』北國ばらっど

 マクロからミクロに至るまで。
 それは土山の身体と同じく、徹底したシンメトリー。
 完全なる<シンメトリー・ルーム>が、そこに存在した。
『岸辺露伴は戯れない』P157

杜王情報通信大学の最近建てられたばかりの新校舎で学長が<アジの開き>のように体の中心線からパックリ切り開かれている死体で見つかった、という一般には伏せられたニュースをたまたま別件の取材中に知り、現地に取材へ向かった露伴。しかし恐ろしい変死事件が起こったのにも関わらず学校には変わった様子はなく、新築の校舎もありふれた建築様式で作り手の色が感じられないものだった。

建物のつまらなさに失望する露伴の目にふと不自然なものが映った。校舎をまっすぐ眺めながら佇んでいる男。その男は髪型もジャケットもセーターも腕時計もピアスも革靴も<シンメトリー>だった。奇妙な男に興味を惹かれた露伴は男に声をかける。彼は土山章平、この新校舎を建てた建築家だという。聞けば彼はギリシャの<忘れられた神殿>を見てからシンメトリー主義に取り憑かれ、自分の体を整形してまでシンメトリーにするほどの異常な執着を持った男だった。

しかしそんな拘りを持った人間が作ったにしては目の前の校舎はあまりに平々凡々すぎる。土山によると学長が左右のバランスを崩すような色々な注文をつけてきて、<シンメトリー>の調和が保てないデザインなど真面目にやるだけ損だから適当にデザインしたのだという。その態度に露伴はプロとしての意識の違いを決定的に感じ取る。そもそもシンメトリーの美だけが美ではない、アシンメトリーの美しさもあると説く露伴に、土山はシンメトリーの美を理解しない手合いにはじっくり見せてやるのが一番早いと、露伴を自身の持つシンメトリーの理想を追求した多目的ホール、<シンメトリー・ルーム>へ招く。

*

前回の記事でも言ったけどこの北國ばらっどという作家は原作の作風の再現・エミュレートが非常に上手い。例えば土山章平の奇人感だ。肩にぶつかってきた学生にマジギレして、痛みを偏らせないために露伴にぶつかってくれと頼むエピソードとか、「ジョジョにいるよなこういうヤツ~!」と思わせてくれる。露伴が髪型をアシンメトリーのくせにと小馬鹿にされ、髪型を馬鹿にされてキレる人間の気持ちがわかったとか小ネタの挟み方も良い。

シンメトリー・ルームで攻撃を受けるシーンで、最初アシンメトリーなものに対しての攻撃だと思ってボタンをちぎって服を左右対称にしようとしたら、床にボタンを撒いた事がシンメトリーを崩す行為となって攻撃対象とされることになり……と目の前の問題を解決しようとしたらそれがさらなる問題を招くという展開はまさにジョジョのスタンドバトル。シンプルなルールと舞台設定から緊迫感を出すのも荒木風を感じられる。

オチの「ヘブンズ・ドアーで0と1からなる機械語で命令を書く」というのは強引な解決法だが、伏線もあるし逆にその強引さも原作らしさの範疇だ。

『楽園の落穂』吉上亮

そして、屋宜沼が、<楽園の落穂>を挽いた粉を手で掬う。指の間から零れ落ちる粉は、砂金のように輝いて見えた。
『岸辺露伴は戯れない』P213

料理専門雑誌の編集者、移季年野うつろぎとしのからグルメ漫画の依頼を受ける露伴。自分の作風はグルメ漫画向きじゃないしグルメ漫画は流行りすぎて陳腐化してるだろと乗り気ではない露伴だが、移季は<楽園の落穂>という食品業界では伝説の希少小麦の話を持ち出す。

移季の親友・屋宜沼猩造やぎぬましょうぞうが山奥に移住して村を開拓し育てている<楽園の落穂>は世界最古の小麦と言われ、口にした人間はこぞって味を称賛し、食べた人間の体質を劇的に変質させる力があるという。小麦アレルギーを持つ移季の娘も<楽園の落穂>を食べることで治療できるかもしれないと移季は親子で招かれた。一緒に来て取材しないかと誘われた露伴は半信半疑ながらも興味を惹かれ取材に行くことに。

*

「人間が穀物を栽培しているのではなく、穀物が人間を奴隷化したのだ」という説をジョジョ風味にアレンジしたSFホラー短編。悪いのは<楽園の落穂>であって移季親子が家族愛を見せたり、移季の親友の屋宜沼も基本的に善人だしこれという悪人がいないのがこの短編の特徴で他と読み味が違うところだ。「ミラグロマン」や「望月家のお月見」など明確な悪のボスが存在しないエピソードでもどっかクセとかアクのある人物ばかり出てくるのがジョジョなので……。

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