アメコミヒーローの源流『べにはこべ』を読む

 1905年に出版されベストセラーになった『べにはこべ』を読んだ。この小説は現在のアメコミヒーローの源流のひとつとされているので一度読んでおくべきと思ったからだ。べにはこべとは小さな赤い花をつける野草で、この小説のヒーローのエンブレムとして使われている。下の画像がその花である。

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あらすじ

 1792年、フランスでは革命の嵐が巻き起こり、多くの貴族たちがギロチン送りにされていた。

 そんな中、謎の人物”べにはこべ”が現れ、大胆な作戦によって次々と捕らえられた貴族を救い出しイギリスへ亡命させていった。

 イギリス社交界の花、マーガリート・ブレイクニイは、兄のアルマン・サンジュストが革命政府を裏切って”べにはこべ”と内通していたという事実をなかったことにしてほしければ、”べにはこべ”の探索に協力しろと脅迫される。

主な登場人物

自分が読んだ河出文庫の『べにはこべ』には主な登場人物の欄がなかったので自分で作ってみた。

  • べにはこべ:フランスの貴族をイギリスに亡命させている謎の人物
  • マーガリート・ブレイクニイ:イギリス社交界の花でヨーロッパ一の才女と呼ばれる美女。元フランス座の花形女優。
  • アルマン・サンジュスト:マーガリートの兄。有名な共和党員。
  • パーシイ・ブレークニイ:マーガリートの夫。イギリス一の財産家。間の抜けた表情さえなければ美男子。
  • サンシール侯爵:マーガリートの告発によりギロチンに処された貴族。
  • トルネイ伯爵夫人:サンシール侯爵のいとこ。夫をフランスに残したまま、べにはこべの手でイギリスに亡命して来た。
  • スザンヌ:トルネイ伯爵夫人の娘。マーガリートの学友。
  • ショウヴラン:べにはこべを探り出すためにフランスからイギリスに派遣された大使。
  • デガス:ショウヴランの部下。
  • アンドリュウ・フークス卿:イギリスの貴族。べにはこべの仲間。
  • アントニイ・デュハースト候:イギリスの貴族。べにはこべの仲間。
以下ネタバレあり

感想

 まぁ現代のすれた読者からすれば上の”あらすじ”と”主な登場人物”を読んだだけで大体のことはわかっちゃうだろう。

 パーシイ・ブレークニイの軽薄なプレイボーイという表の顔は世を忍ぶ仮の姿、その正体は大胆な知略によって活躍する”べにはこべ”だったのだ、という筋書きだ。

 よくあるパターンね、とか思っちゃいけない。これが大量の模倣者を生み出した作品だからだ。


 主人公は美しい女性マーガリートで、関係が冷え切ってしまった夫婦のドラマ、兄アルマンのために”べにはこべ”を陥れることに協力せざるを得ないドラマ、夫のことを密かに軽蔑していたマーガリートが彼を再理解していき”べにはこべ”だと気付いていくドラマ、そして夫のためにフランスへ向かうマーガリートの冒険と盛りだくさんで、確かにこれはウケるだろうなと今でも感じる。冒頭のべにはこべが貴族を亡命させるシーンは完全にルパン1)ルパン第一作は1905年、べにはこべを原作としたの演劇の上演が1903年だからルパンがべにはこべの影響を受けている可能性は十分ある。だし、エンタメ成分が高い。

 作者のバロネス・オルツィさんはいろんな出版社に持ち込んだがどこからも断られため、戯曲化して演劇「scarlet pimpernel」として大ヒットさせたというのもうなずける。舞台で有名になってからは出版社の方から小説版べにはこべを出版させてくださいという問い合わせが殺到したという。


 『Comic Book History of Comics: Birth of a Medium』によればこの「隠された正体シークレットアイデンティティ」は多くの模倣者を文学史に生み出し、たとえば怪傑ゾロ(1919年)はそのフォロワーの一人なんだそうだ。表の顔は軽薄な遊び人、裏の顔は知勇に優れた紳士というのが共通している。

 そしてそのフォロワーはパルプマガジンを通して1940年代まで生き続け、同時代のSF小説やフライシャースタジオのアニメ(ポパイ)などの要素と融合して「スーパーマン」が生まれたのだとか。

 スーパーマンは普段は新聞記者のクラーク・ケントとして生活しているが同僚のロイス・レーンはその正体に気がついていない、という構造はそのまま”べにはこべ”から受け継いでるわけだ。これはバットマンもそうですな。昼の顔はプレイボーイのブルース・ウェインだが、夜はバットマンとして活動している。

 アメコミヒーローはヒーローの正体に周りの人間気が付かないけど読者だけは知っているという秘密の共有でワクワクさせるのに対し、遠山の金さんや暴れん坊将軍は正体を明かすところでカタルシスを得る仕組みになっている。両者の構造はちょっと違うが大衆受けする設定というのは洋の東西を問わないのかもしれない。


 小説自体もフォロワーが多すぎて陳腐化したとはいえ今でも通じるドラマ性もあり面白かったし、他の作品に与えた影響も確認できて興味深い読書でした。”わざと名前を呼び間違えて挑発”なんてクリシェも確認できましたし。

 他の源流になった小説もチェックしたいですが、『怪傑ゾロ』はともかく、『シャドウ』なんかは果たして邦訳されているのか……。スーパーマンの作者は『シャドウ』のファンだったそうなので読んでみたいんですけどねえ。

脚注

脚注
本文へ1ルパン第一作は1905年、べにはこべを原作としたの演劇の上演が1903年だからルパンがべにはこべの影響を受けている可能性は十分ある。
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