【感想】短編小説集『岸辺露伴は叫ばない』

発売日に買ったものの積ん読にしていた岸辺露伴主役の短編小説集『岸辺露伴は叫ばない』を読んだ。

『岸辺露伴は動かない』という漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ作品があるのだが、この短編小説集は『岸辺露伴は動かない』を題材に各小説家がオリジナル短編小説を書く、という企画で作られたもの。元々はウルジャンの付録だったらしい。

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各話あらすじと感想

『くしゃがら』北國ばらっど

 これ以上<好奇心>を抱いてはならない。
 考えてみれば、それは簡単な予防法だ。けれど、人間にとって、それを実行することは言葉で言うよりもはるかに難しい。
『岸辺露伴は叫ばない』052P

ある日、岸辺露伴は漫画家志士十五ししじゅうごから「くしゃがら」という言葉に心当たりはないかと相談を受ける。「くしゃがら」は十五が担当編集者から渡された禁止用語リストに掲載されていたものだったが、どういう意味なのか、どうして使ってはいけないのか、その単語だけ説明が書かれていなかった。十五はあらゆる辞書を引いたり、図書館に籠もったり、集英社の編集部を訪ねたりして「くしゃがら」の意味を知ろうとするのだが……。

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「表現規制」というプロの表現者につきものの題材を取り扱いながら割とよくある形式のホラーにつなげていて、定番的なオチまで含めて面白い。「好奇心は猫をも殺す」というオチだが、偶然か必然か、この短編集に収録されている小説はどれも好奇心と関係する話になっている。

『Blackstar.』吉上亮

 写真に写る謎の男の正体を探る作家の話――ストーリーの導入が頭に浮かんだ。
「いいじゃあないか。ぼくはおまえに興味がわいてきたぜ」『岸辺露伴は叫ばない』066P

とある財団の代理人ガブリエルが50万ドルもの報酬で露伴に依頼してきたのは一枚の肖像画だった。肖像画の対象となる人物は都市伝説に語られる男「スパゲッティ・マン」。そして岸辺露伴はスパゲッティ・マンからの唯一の生還者だったのだ。

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”写真に映り込む男”というそれっぽい始まりから、露伴が調べたスパゲッティ・マンについての情報説明、露伴の身の回りにスパゲッティ・マンの影が差し、ついに彼と対峙する……という流れが露伴の一人称で語られていて非常にホラーしていてよい。スパゲッティ・マンにヘブンズ・ドアーを使って読めた言葉がただ一つ「つりえだ」っていうのもゾッとしてホラー的にグッド。

『血栞塗』宮本深礼

図書館とは人の好奇心が詰まった場所だ。<知りたい>と願う人々の思いに応えるべく、図書館は本を仕入れ、貸し出す。
『岸辺露伴は叫ばない』125P

「フグで死にかけた奴、見たことあるかい」漫画に描くネタのため図書館へ<河豚食への誘い>という本を借りにきた露伴。面倒臭げな司書に閉架書庫から本を出すよう頼むが、館内が閑散としていることに気づく。疑問に思った露伴に司書は最近この館の本に挟まっているという、見つけると不幸になる<真っ赤な栞>の噂を話す。

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この短編集のなかでホラー的に一番うまいのはこのエピソードかも。児童向けの棚に何故か刺さっている<河豚食への誘い>が露伴の目に入るシーン、<真っ赤な栞>が<河豚食への誘い>のひっついたページの中から飛び出してくるシーン、ヘブンズ・ドアーで司書の記憶を読むシーンがいちいちタメのタイミングがとてもうまい。ホラー映画を観ているような感覚で読める。はじまりと終わりが円環を描くように終わるのも短編として気が利いていて良かった。

『検閲方程式』維羽裕介

「いるかどうか知りたいからさ。たったそれだけの好奇心だが、それを満たすために、延べ五〇〇万人以上が日夜、地球外文明からの無線信号をキャッチしようとしているんだぜ。案外、好奇心ってのは金や名誉以上のインセンティブに成り得るのかもな」
『岸辺露伴は叫ばない』161P

「未知との遭遇」をテーマに短編執筆を依頼された露伴は杜王町近くの大学図書館に宇宙人に関する資料を探しに訪れた。近森という職員に手伝ってもらい資料探しを終えた露伴は理解不能の方程式がぎっしり書き込まれ、右半分がちぎり取られていた近森のノートを発見する。その方程式について近森に尋ねると、彼は突然白目をむき、世界各国の言葉を使い無機質な声で警告を発し始めた。

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連載作家だろうに短編執筆を依頼される露伴。まぁ露伴の執筆スピードなら余裕で書けるのだろう。露伴の思考が数字に侵食されていくのは小説ならではの描写だが、もしこれが原作漫画のネタだったら突然露伴自身がヘブンズ・ドアーを受けたように体からページが開き、中の文章が数字に書き換わっていく描写がありそうだななどと思いながら読んだ。ただ原作ならたとえ表面上でもかなりキャラクターを焦らせただろうが、こちらは終始落ち着いた思考で対処していくのは作者の作風だろうか? それが良くなかったというわけではないのだが。

『オカミサマ』北國ばらっど

 だが、そんな反応が露伴にとってどういう効果をもたらすかは明白だ。誠子も咄嗟に行動したあとに、それに気づいた。
 そう、その時点で露伴はすっかり<好奇心>を刺激されてしまったのだ。
『岸辺露伴は叫ばない』211P

岸辺露伴は顧問税理士坂ノ上誠子の事務所で取材のために山を6つ買った件について、その金銭感覚の無さを激怒されていた。怒り狂った誠子が投げたボールペンのせいで崩れた書類の山の中にあった、<オカミサマ>と宛名されている領収書に露伴は興味を惹かれる。露伴が誠子に<オカミサマ>について尋ねると誠子は一握りの人間の間にひっそりと語り継がれている裏ワザを話す。それは「お金の取引を表す書類の相手先を<オカミサマ>にすると、お金を払わなくてはならないという事実を消してもらえる」というものだった。事務所を出た露伴は試してみるためさっそく最寄りの書店で<オカミサマ>を試してみる。

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この本に収録されている中では一番好きなのがこの短編。最初乱発される<>(山括弧)がちょっとウザいなと思ったがぐいぐい引き込まれた。何が凄いって読んでいて完全に原作の作画が頭の中で浮かび上がること。原作の作風をエミュレートするのがこの作者は非常にうまい。

例えばビジネスホテルのホールに文句を言いつつ指先を見てちょっとした違和感に気づくシーン。この「ビジネスホテルのホールに文句を言いつつ」のところがとてもそれっぽくて最高。タクシーに乗って加速的に事態が悪くなっていくシーンも緊迫感を出しつつテンポが原作のそれだし、誠子に一旦問題の解決法を聞いておきながらアドバイスに従わず独自のやり方で事件をしめるのが、ちょうどスタンドバトルで追い詰められ、敵のスタンド使いに最終宣告を告げられつつも機転で逆転するというよくあるパターンを踏襲している。上手いなあとつくづく思う。

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