【感想】劉慈欣『三体II:黒暗森林』大スケールの物語が尻上がりでテンションが上がっていく

劉慈欣『三体II:黒暗森林』を読んだ。発売直後に買って、ぐいぐい読ませる小説だっただけに読み終わったのはすぐだったのだが、スケールの大きい大作だったため感想を書くのが遅れてしまった。内容的には大満足。

『三体』シリーズはただ単に古い感じのSFが最近になってまた出てきたからそれが逆に新鮮で受けてるというだけでなく、ケレン味のあるアイディアとキャラクター描写力、そして様々なエンタメ要素を足してきてキチンと新しいエンターテイメント小説であると思う。

一応クリティカルなネタバレは抜きで感想記事を書いてみた。

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後関係ないけどキンドルで『三体』シリーズがセットにならないのが不満。そこは漫画のようにシリーズでセットになる設定にしてほしかった。

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『三体Ⅰ』のあらすじ(ネタバレ)と世界に与えた影響

まず前作『三体Ⅰ』のあらすじをごくごくカンタンに説明しよう。『三体Ⅰ』を読んでない人でネタバレが嫌な人は即刻『三体Ⅰ』を買って読んでいただきたい。

文化大革命時代に中国が地球外知的生命体とのコンタクトを目指すという極秘プロジェクトを行っていたのだが、その電波を3つの恒星を持つ惑星、三体世界の宇宙人が拾ったせいで宇宙人が地球目指して侵略にやってくる! 科学文明は三体世界の方が遥かに進んでいて、すでに地球に智子ソフォン1)“ともこ”で変換すると便利という陽子を改造したコンピューターを送り込んできており、そのせいで地球人の活動は三体人に筒抜け、おまけにコイツが科学の基礎研究の妨害をするおかげで地球人の科学力の発展に蓋をされてしまう。三体世界の侵略艦隊が地球に到着するまでのタイムリミットは450年! どうなる人類!

というのが前作『三体』のできごと。結論だけ書いたらいつの時代のSFだよ……。と思われるかもしれない。ところがこれが滅茶苦茶面白い。

なんせ2008年に単行本が出版されたら人気が爆発、『三体』三部作で2100万部以上売り上げ、2014年にケン・リュウ氏によって英訳版が発売されると元アメリカ大統領のバラク・オバマやFacebookのマーク・ザッカーバーグも読んで絶賛し、さらに2015年に翻訳小説としては初めてアメリカSF界で権威があるヒューゴー賞を受賞し、『三体』が世界で評価されたことで中国当局のSFへの見方すら変わったというからとんでもない人気と影響力だ。作者の劉慈欣りゅうじきん氏が中国SFで今一番注目されるべき作家、と呼ばれているのは間違いじゃないんだろう。

――三体の大ヒットで、冬の時代が嘘のように中国では今SFが一大ブーム、バブルになっているそうですね。
 (中国SF界は)今や素晴らしい時代になりました。日本で言えば1960~70年代、小松左京らが活躍した「黄金期」のイメージですね。中国市場だけでなく、初めから世界でのヒットを視野に入れた中国人作家が増えました。企業もすごく参入するようになりました。小説が書きあげられるや否や版権は青田買いされ、その値段も吊り上がっています。
 三体が世界的に評価されたことで中国政府の考え方も変わり、SFに力を注ぐようになりました。「SFで中国の科学力を(世界に)知らしめるいい機会だ」だと考えるようになったのです。「三体」監修・立原透耶さんインタビュー 中国SF界に現れた、突然変異的なスペースオペラ

『三体Ⅱ』のあらすじ

さて、三体世界からの侵略者が450年後に到達するとわかった人類たちだが、当然黙って待っていることなどできない。しかし人類の科学力の進歩は智子によって阻害され、人類の活動や通信は筒抜けになってしまう。

だが、三体人の生態として思考や脳波を直接外部に照射するという特徴があり、彼らの間には陰謀や詐欺という概念が存在しないということがわかる。ここに人類は知謀によって三体人を出し抜けるかも知れないという可能性があることがわかった。

そこで惑星防衛理事会(PDC)が打ち出したのが「面壁計画ウォールフェイサー・プロジェクト」である。この計画は世界中の権威から選びぬかれた4人の面壁者ウォールフェイサーに三体人の侵略を打ち負かす計略を立案させるというものだ。面壁者にはありとあらゆる権限が与えられ、防衛計画に必要なものはなんでも与えられる。しかし計画はどのような内容なのか、どのような意図が自分の行動にあるかを決して外部に悟られてはいけない。智子ですら監視できない人間の思考の中で面壁者は三体人の思惑を超える計略を練り、戦争に勝利しなければならないのだ。

面壁者に選ばれたのは元アメリカ国防長官のテイラー、南米国家の元大統領マニュエル・レイ=ディアス、英国人科学者のビル・ハインズ、そして一人だけ他の面壁者に比べれば無名の社会学者にして『三体Ⅱ』の主人公羅輯ルオ・ジーの4人。

一方三体世界は三体世界へ忠誠を誓った地球人の団体、『三体Ⅰ』で壊滅させられた地球三体組織(ETO)の残党に面壁者の計画を暴くことを命令する。ETOは面壁者に対抗する相手として破壁人ウォールブレイカーを選び出し、面壁者と破壁人の対決が始まる。

というのが『三体Ⅱ』上巻のあらすじ。ネタバレ配慮のため後半は書かないが、ジェットコースターのように話が進み、ページをめくる手がとまらないほど次から次へと物語が展開していく。

『三体』の面白さ

多種多様の奇抜なアイディア

『三体』の魅力のひとつは多種多様の奇抜なアイディアが飛び出してくるところだろう。

例えば『三体Ⅰ』でVR世界内で秦の始皇帝が、兵士による「人力コンピューター」を作らせて惑星の軌道計算をするとか、またその時の掛け声が「計算陣形コンピュータ・フォーメーション!」なんて実にケレン味あって面白い。

また、『三体Ⅱ』の面壁計画なんて、地球人の命運をたった4人の頭脳に預けるというとんでもない計画なのだが、ハッタリが効いていて面白いし、意図を示さず計画を進めていく面壁者とその計画の真意を暴く破壁人との対決は、超大規模な頭脳戦になっていて読み応えがある。面壁者の意図が読者側にもわからないから読んでいて惹き込まれるし、その真意が明かされたときの驚きも大きい。

そしてこの面壁計画はメチャクチャなようで、大規模なスケールの物語を小説の形に落とし込むためにキャラクターという単位を作る、小説的な仕組みなのではないかと思う。つまりあまりにも大きな人類社会の動きや流れをそのまま書こうとすると登場人物が莫大な数になるし、焦点がぼやけていってしまうだろう。それを面壁者というキャラクターを出し、彼らを中心に物語を動かすことでわかりやすさ、面白さ、スケールの大きさを両立させているのではないか。

また『三体Ⅱ』の大ネタ、羅輯の黒暗森林理論もフェルミのパラドックス2)地球外文明の存在の可能性の高さと、そのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾のこと。(ウィキペディアより)を解決するネタとして面白い。ただフェルミのパラドックスについて書くというのがなんというか昔のSFっぽい。さらにそこから導き出される惑星を破壊する呪文というアイディアがとんでもない。スケールが大きいのに素人でも説明されれば納得できるのが凄いところだ。

人間描写、キャラクターメイキングもすごい

またアイディアだけではなく、人間描写、キャラクターメイキングの面でも読み応えがある。

『三体Ⅰ』は文化大革命により多くの科学者が批判され殺されていく様子を描くのだが、それで父親を殺された葉文潔イエ・ウェンジエという女性天体物理学者が主人公の一人になる。彼女のもつ絶望が『三体』のシリーズの柱の一つになっているというのが『三体Ⅱ』を読み終わってから『三体Ⅰ』を読み直して気がついたことだ。

ならば、自分がノーマルだと思っている行為や、正義だと思っている仕組みの中にも、邪悪なものが存在するのだろうか? さらなる熟慮の末に至ったひとつの推論は、ぞっとするような深い恐怖の底に彼女を突き落とした。もしかすると、人類と悪との関係は、大海原とその上に浮かぶ氷山の関係かもしれない。
劉慈欣『三体』訳 大森望, 光吉さくら, ワン チャイ,立原透耶

この時点は彼女は三体世界と接触するずっと前なのだが『三体Ⅱ』を読み、黒暗森林理論を知った上で読み直すとなかなか意味深ではないだろうか。「さらなる熟慮の末に至ったひとつの推論」! 羅輯が葉文潔から与えられた宇宙社会学の2つの公理と2つのヒントからはじき出した残酷な宇宙の理論はまさに「さらなる熟慮の末に至ったひとつの推論」だ。小説の登場人物の一人が小説全体の縮小版になっているというこの仕組みは並大抵のことではない。

そして絶望する葉文潔に対して頼もしいのが決して絶望しない男、史強シー・チアンである。元軍人の警察官であり、ハードSFに出てくるテクノロジーとは全く無縁の男だが、バイタリティと野生の勘で目の前の問題を次々に解決してくれてとにかくこのアニキが頼もしい。『三体Ⅰ』の主人公汪淼ワン・ミャオといい、『三体Ⅱ』の主人公羅輯といいとにかく主人公の科学者とバディを組んで行動する男だが、おそらく読者アンケートをすれば人気キャラ第一位は史強に決まりだろう。

後、軍人の家系に生まれ、来たるべき宇宙戦に備え宇宙軍の創設に奔走し、人工冬眠で未来に飛んだ章北海ジャン・ベイハイも非常に好み。その冷徹な思考を以って宇宙の法則を羅輯とは別ルートから誰よりも先に理解した男だ。テーマ的に彼もまた『三体Ⅱ』の主人公の一人だと思う。

過去のSF作品ネタも

筋立てからして古いタイプのSF小説にありそうな話、というだけでなく、過去のSF小説へのネタが出てくるところもあるなと感じる。例えばアシモフの『ファウンデーション』とか『銀河英雄伝説』とか……。日本の防衛大臣が唐突に『銀河英雄伝説』の引用をしてくるところは「こんな日本の防衛大臣いるか!」と思ったが中国では『銀河英雄伝説』は超人気小説らしいのでみんな知ってるねくらいの感覚で出したのかもしれない。また、200年後の地球で出てくる宇宙戦艦は『スタートレック』のエンタープライズ号をイメージしているようにも思えた。

もっとも円盤形の本体と円筒形のエンジンから成る<自然選択>の外観は、二世紀前の航空母艦とは似ても似つかない。
劉慈欣『三体Ⅱ 黒暗森林(下)』訳 大森望, 立原透耶, 上原かおり, 泊功

政治的なネタも取れなくはない

純粋なエンターテイメントとして楽しめるが、三体人は中国に対して攻撃してくる遊牧民族のメタファーとか、黒暗森林理論の元での宇宙が共産主義体制での相互監視社会とか政治・歴史的なネタを取れなくもない。アメリカで評価されたのもこのあたりの政治的なネタ部分を含めて評価された気もする。文化大革命のシーンから始まってるが、今の中国では文革批判はOKなのだなとは思った。

もちろんそんなことを考えなくてもストレートに面白い娯楽小説なのだが。

『三体Ⅲ』はどうなるのだろうか

『三体Ⅰ』を読み終わった後は「この先どうなるんだろう!」という気持ちだったが、『三体Ⅱ』を読み終わった後は「この先どうなるんだろう……?」という気持ちである。

いや『三体Ⅱ』は非常に極めてメチャクソ面白かった。だが話にオチがついて終わっている。それなのに三部作の完結作がある。続きがどうなるのかさっぱりわからない。

しかも、

ちなみに『三体Ⅲ 死神永生』でも、ある「宇宙の真理」が解明されているが、それは「黒暗森林」よりもっと暗くて残酷な理論である。
劉慈欣『三体II:黒暗森林』 解説 陸秋槎

とか

実は、この呪文が伏線になって、第3部では羅輯からある若い女性天文学者に主人公が交代します。今回は壮大な“片思いラブストーリー”が基本線です。第2部ラストで回収されていないいろんな伏線が回収されて、啞然呆然の展開が続く。地球規模、宇宙規模の悲劇も起きて、スケールは(第2部までの)千倍、万倍にもなりますね。
「三体」翻訳者・大森望さんインタビュー 「若かったころのSFの、野蛮な魅力に溢れている」

とか

『黒暗森林』をはるかに超えるものすごいスケールで展開する完結編『三体Ⅲ 死神永生』の邦訳は、二〇二一年の春ごろ刊行予定。(中略)新たな主人公、程心チェン・シンとともに、小説はありえない加速度で飛翔する。実を言うと、三部作の中で個人的にいちばん好きなのがこの『死神永生』。二一世紀最高のワイドスクリーン・バロック(波瀾万丈の壮大な本格SFを指す)ではないかと勝手に思っている。お楽しみ。
劉慈欣『三体II:黒暗森林』 訳者あとがき 大森望

とか、期待を煽るようなことを(主に訳者の大森望が)言いまくるもんだから、こちらの続編へ想いは焦らされっぱなしである。やっぱりまた葉文潔がキーになるのかな……。

『三体Ⅱ』は超面白かったが、『三体Ⅲ』もまた更に楽しみだ。

よかったらあなたも三体シリーズを買って、このじりじりした気持ちを味わってみませんか。超クオリティのエンタメであることは間違いありませんよ。

脚注   [ + ]

1.“ともこ”で変換すると便利
2.地球外文明の存在の可能性の高さと、そのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾のこと。(ウィキペディアより)
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