このタコの動画を見て欲しい。二つに割られたココナツの実を持ち運び、組み合わせてシェルターのようにしているタコの動画である。ヤドカリのように捨てられた何かをシェルターにする動物は多いし、拾ったものを道具として使って食べ物を取る動物もいるが、複数の道具を分離させて持ち歩き、ふたたび組み合わせるような動物は極めて珍しい。
そんな知性を持った生命体であるタコを始めとした頭足類を観察し、そこから知性とはなにか、意識とはなにか、意識や知性はどこから生まれたのか、単細胞生物から頭足類まで辿った進化の過程はどんなものか、など様々なトピックについて哲学者が考察した本が『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』だ。
頭足類の頭の良さ
本書の中では頭足類の知能の高さについて示すようなエピソードがたくさん紹介されている。
- 水槽で飼育されていると自分に関わる人間一人ひとりを識別し、嫌いな相手には水を吹きかける。何が嫌いなのかはわからない。
- 水の流出弁を詰まらせて水槽の水の量を増やそうとする。
- 好まないエサを人間が見ている前で捨ててみせる。頭足類の「内面」について批判的な研究者でもこの体験は印象に残っている。
- タコはよく逃亡を企てる生き物だが、決まって人間が意識を向けていない時に逃亡を図る。
- 初めて目にしたものが食べられないとわかったあとも興味を持ち続ける。水槽に入れられた薬瓶を使って「遊ぶ」タコもいる。
なぜ頭足類はこれほど知能を発達させたのか? それは頭足類の食べるエサと体の作りにそうさせた原因があるそうだ。
一部の哺乳類の大脳が発達したのは食物を食べる時に殻や皮を取り外すなど、複雑な状況判断が必要だったためという説があるが、これはタコにも当てはまる。タコは海の中を動き回って狩りをし、カニやホタテ貝、魚など様々な種類の動物を食べる。簡単に食べられる動物は少なく、殻を外すなど食べるためにはかなりの作業を必要とするものが多い。このような生活様式はタコの知性と好奇心を大きく育てた。
また、頭足類の体は非常に制御が難しい。数多くの腕が分かれ、関節も硬い殻もない。動きの自由度は高いが、全体を制御するのは大変だ。この問題を解決するために神経組織を発達させたのだが、それは人間とは全く違う構造をしている。人間は脳みそに神経組織が集中しているが、タコの場合、ニューロンの多くが腕に集中している。それぞれを合計すると脳にある二倍の数のニューロンを持つ腕には独自の感覚器(触覚だけでなく味覚や視覚もあるらしい)と身体の制御機能が備わっており、体から切り離された腕も単独で基本的な動作ができる。鉄人28号の独立連動装置1)関係ないけど独立連動装置って凄い矛盾した単語ですよね。独立(した機構が)連動(して動く)装置みたいな意味だと思いますが。のようなものか。
社会生活を営むタコたち
著者はオーストラリアの東にある「オクトポリス」と名付けられた場所でタコの観察を行っている。そこは何年にもわたって、行けば必ずタコを見ることができ、タコどうしの交流も見ることができるという珍しい場所だ。タコは通常単独行動を取る動物だが、オクトポリスでは複数のタコが集まっていて、体色で他のタコに信号を送っているような行動も見られる。
なぜ、こうした場所ができたか。著者たちはこう考えている。まず海上の船から金属製の物体が海の底に落ちた。その物体のそばに最初に数匹のタコが巣穴をつくり、食物となるホタテ貝を持ち込むようになった。食べ終わった貝殻が物体に蓄積し、半径5,6センチメートルほどの貝殻が広がる地帯ができた。貝殻がつもった海底は細かい砂に比べると巣穴を作りやすいため、さらに別のタコが住むようになり、さらにホタテ貝が持ち込まれ……と正のフィードバックが働いてオクトポリスができあがった。
タコが集団生活に合わせて進化するかについては、オクトポリスは範囲が小さすぎるし、卵から孵化したタコの幼体は流されるのでオクトポリスに住むタコの子孫もオクトポリスに住むかどうかはわからないなどの理由で不可能だと書かれていたが、最近こんなニュースを見つけた。
タコも「街」をつくることが判明──米研究チームが発見した「オクトランティス」の秘密
タコたちの小さな集団が、海底にあった金属ゴミの周囲にそれぞれが穴を掘って一緒に生活しているのを、ダイヴァーたちが2009年に見つけた。これを「オクトポリス(Octopolis)」と名づけたが、この「タコの街」は、人間が捨てた金属ゴミがあったための特別なケースだと考えられていた。
ところが16年、人間の関与が考えられない別のタコのコミュニティが見つかった。タコたちは貝殻を集めて山をつくり、その「アパート」のなかのそれぞれの巣に住んでいた。科学者たちは、タコはこれまでもずっと群生してきたのかもしれないと考え始めている。(中略)
研究チームによると、コモンシドニーオクトパス以外のタコでも、コミュニティで生息している例が観察されているという。タコたちの街は、人間が考えていたよりも一般的なものらしい。
タコの街が珍しくないのなら集団生活に適応したタコの種族が誕生する可能性も無くはないのか?とワクワクする。
意識のはじまり
意識の現れ方、主体的経験についての考察も面白い。我々人間は主観的知覚が一つに統合されているのは当たり前のことだと思っているが実はそうでもないらしい。片目を隠したハトに簡単な作業ができるように訓練した後、反対側の目を隠した状態で同じことができるか確かめるとほとんどのハトがまったく作業ができなかった。つまり、右脳と左脳の間で情報伝達がされていなかったのだ。タコで同じような実験をすると最初のうちは作業ができないがだんだん目を変えても同じ作業ができるようになってくる。タコの場合はハトと違って少なくとも一分の情報は脳の反対側にも伝達されるということだ。
このような分断は生きる上でデメリットになるんじゃないのかと思ってしまうが、脳の片方はこの仕事、もう片方は別の仕事と専門化して両者を緊密に結び付けないというのは一部の動物にとっては理にかなっていると考えている。仕事の種類が違えば情報処理の内容も異なってくるからだ。
また、ある事故で脳に損傷を受けた女性は、本人の知覚ではほとんど盲目の状態にありながらも、細長い隙間に手紙を入れるなど周囲にあるものをかなりうまく扱うことができた。主観的な知覚と、実際に脳が処理できている情報は大きく食い違うこともあるという例だろう。こうした考えを発展させると一つのSFになりそうだ。
タコの生態に関する知識(体表の色を自由自在に変えるタコだが頭足類のほとんどの種は色の識別ができないらしいというのは驚いた。皮膚の光受容細胞と色素の入った細胞を組み合わせて周囲の色を感じ取っているのかもしれないがまだ研究中とのこと)が豊富に得られるだけでなく、人間と人間以外の心のあり方についても知れる面白い本だった。生物の進化や意識について興味がある人には是非オススメしたい。
脚注
本文へ1 | 関係ないけど独立連動装置って凄い矛盾した単語ですよね。独立(した機構が)連動(して動く)装置みたいな意味だと思いますが。 |
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