『カルト集団と過激な信仰』が興味深い
アマゾンプライムビデオでドキュメンタリー番組『カルト集団と過激な信仰』を見た。
『カルト集団と過激な信仰』はアメリカのカルト宗教団体が行っている児童虐待や過激な行動の実態について元信者などのインタビューなどを通して迫っていくドキュメンタリーだ。全7話で、「ネクセウム」「エホバの証人」「神の子供たち(ファミリー・インターナショナル)」「U.N.O.I.(ユナイテッド・ネーション・オブ・イスラム)」「世界平和統一聖殿」「Twelve Tribes communities」「FLDS(末日聖徒イエス・キリスト教会原理派)」といった組織を取り上げている。
日本人にとって身近なのは「エホバの証人」と「世界平和統一聖殿」だろうか。「世界平和統一聖殿」はいわゆる統一教会の分派で、統一教会創始者の文鮮明死後、息子の文亨進が中心になってできた団体だ。「神の子供たち」はホアキン・フェニックスの親が信者だったことで知っている人もいるかもしれない。
このドキュメンタリー番組を見てわかるカルト団体の共通点は、規則で信者を縛る、行事に出ることを禁じたり一般的な言葉を使うことを禁止して一般社会に馴染めないようにする、集団から抜けた者には家族であっても会ってはいけないと集団に対する忠誠心を強いる……などだろうか。
そしてこうした団体に入会する人は、今の一般社会に違和感を感じていたり団体が掲げている理想に共感したりする、一種の「意識が高い」人が多いように思える。「ネクセウム」なんて典型的な団体で、世界一IQの高い男という触れ込みのリーダーのもとで精神的成長や社会的成功を果たそう! という謳い文句で人を誘っておいて、女性を性奴隷にしようとしていたセックスカルトだ。ヤング・スーパーマンの女優がネクセウムのかなり中核のメンバーだと知って驚いた。
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インタビューされる元信者は親が入会していて生まれながら団体に属していたが大人になるのに伴って抜け出した人が多い。40分番組でその団体についての説明解説も多いので、彼ら彼女らの人生について深く踏み込みはしないのだが、自身が子供の頃置かれたひどい環境について語る言葉には重みがある。
児童の性的虐待が横行しているエホバの証人
エホバの証人と言えば思いだすのは映画『パーフェクトワールド』だ。この映画に出てくるエホバの証人の家庭に生まれた少年フィリップはハロウィンパーティに出ることを親から禁じられているが、エホバの証人の教えではこの世のものはすべて邪悪なので、国旗に敬礼することやクラスメートの誕生会に出ることなどが禁じられており、しだいに仲間はずれになっていくようになるのだそうだ。そして集団から阻害された信者はエホバの証人のコミュニティに依存するしかなくなっていく。実に巧妙なやり口だ。信者を俗世間から隔離しろというのは以前記事にした『完全教祖マニュアル』にも出てきたがアレはエホバの証人を頭に入れて書いていた可能性もある。
番組でインタビューされる元信者のロミーは子供の頃から信者の大人に性的虐待を受けていた女性で、エホバの証人の有名な告発者バーバラ・アンダーソンに会いに行く。エホバの証人の規定では有罪の宣告には二人以上の証言がいるので、目撃者のいない児童虐待だと訴えが通らないのだ。閉鎖的なシステムに加え、エホバの証人は刑務所にも宣教に行くのだが、入信した受刑者は児童虐待加害者の確率が高く、ある刑務所では勉強会に参加した人間が全員虐待者だったこともあるという。
バーバラ・アンダーソンは元エホバの証人で高い位置にいた信者だったのだが、1991年に機関誌「目覚めよ!」に児童虐待の被害者を助ける方法について記事を掲載したことがきっかけで団体内部に多くの被害者がいたことを知り、団体を告発するようになった。記事を見た多くの被害者からの手紙を受け取り、団体の内部資料を見ることができたバーバラ・アンダーソンは多くの児童虐待の告発が握りつぶされていることを調べられたのだ。
ただ児童虐待を行っているのはものみの塔だけではない。そもそもこの児童虐待の被害者を助ける方法の記事を掲載したのもカトリック教会の児童虐待に動揺してのことだったらしい。児童虐待の原因になるのは親と教師が多いことを考えると、カルト団体に限らず閉鎖的な環境と権力の偏りが揃うとこうしたことが起こりやすくなるのだろう。
武装して民兵組織を作っている世界平和統一聖殿
衝撃的なのは世界平和統一聖殿、別名サンクチュアリ教会だ。この団体は信者に銃で武装することを推奨していて、独自に民兵組織まで作っている。ある意味アメリカらしいカルト集団だ。
「鉄の杖」という黙示録に出てくる言葉を銃と解釈しているのだが、演説台にAR-15(M16自動小銃)を置いて銃弾の飾りをつけられた王冠を被って演説するショーン・ムーン(文亨進)の映像はフィクションに出てくるようなパロディ的存在にしか見えない。しかしそれが確かに現実世界の出来事なのが恐ろしい。
合同結婚式には小銃を持参せよ─統一教会、文鮮明の息子は語りかける
どんな格好をしてるのかは上記の記事で見れるのでちょっと見てほしい。銃弾ベルトみたいな冠にしろ、金色のAR-15にしろどう見てもギャグで、シューティングゲームに出てくるボスキャラのデザインのようだが、こんな悪趣味な格好をした男を教祖とするカルト集団が実在するのだ。そしてこの教団の儀式「合同結婚式」では出席者全員がAR-15を持って冠を被って出席しているのだが、正直言って現実感にかける光景だった。武装する宗教団体をフィクションで描いたとしたらこんな馬鹿馬鹿しいビジュアルにはしないだろう。現実がフィクションを飛び越した光景を魅せられてしまった。
現役信者と元信者の対立が描かれるFLDS(末日聖徒イエス・キリスト教会原理派)の回
ドキュメンタリーとして面白いのは7話の「FLDS(末日聖徒イエス・キリスト教会原理派)」の回だろう。
FLDSはモルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)の分派で、モルモン教が捨てた一夫多妻制を守り続ける宗教団体だ。モルモン教ではもともと「男性は3人以上の妻をめとらないと天国である”日の栄の王国”にいけない」という神からの啓示があったが、国にユタを州と認めさせるためにこの教義を捨てた。その決定を受け入れなかったのがFLDSで、この番組の中でもかなり長い歴史をもっている団体である。2011年教祖のウォレン・ジェフスが未成年の信徒と婚姻と暴行の罪で終身刑に処されたが、残された信者はそれでも彼のことを預言者と崇めている。
この回では他の回と違い、現役信者と元信者が両方番組に出てきてインタビューに答えている。教祖が逮捕されたことでFLDSの共同体は大きなダメージを受けたのだが、そこに手を差し伸べようとする元信者と元信者を背教者として拒絶する現信者、そして両者を仲立ちする援助者のやり取りが印象的だ。インタビューに答えている現信者のノーマ・リッチャーはなんと75人兄弟の真ん中という女性で、ウォレン・ジェフスを未だに親切で善良な預言者だと敬愛している。彼女はメディアの言っていることはすべてウソだと言っているのだが、ジェフスは娘からも告発されているのはどう思っているのだろうか。
この番組ではなんとか現役信者のノーマと元信者で告発者のラモント・バーロウを同じスタジオで対話させることに成功するのだが、ノーマは決して歩み寄ろうとせず、信仰を守り続ける。教祖逮捕後のカルト宗教の信者と言われると日本人としてはオウム真理教の事件を想起してしまい、あの教団が未だに名前を変え存続し続けているのはこういう信者がいるからかもと思わされ興味深い。
陰謀論的世界が実際にこの世で顕現されていっているアメリカ
ドキュメンタリーではいくつものキリスト教系児童虐待団体が出てくるが、アメリカ社会では児童虐待は悪魔崇拝者がするものという観念があるのが不思議だ。1980年代に悪魔的儀式虐待という魔女狩り騒ぎがあったり、現在でも民主党の政治家や有名人が悪魔崇拝と児童虐待に関与しているという陰謀論がネットで盛んに広がっている。
ただこのドキュメンタリー番組を見てそういう陰謀論が出てくることもまったく背景がないというわけではないなと思ってしまった。実際にセックスカルトがあるのだから、有名人だけが参加できるそういう団体があってもおかしくはない……と考える人が出てくるのもわかる。もちろん陰謀論が正しいというわけではないが、Qアノンの陰謀論にはアメリカ社会の歪みが反映されているということを考える必要はあるのではないか。
またハルマゲドンが来て教団の信者だけが生き残ったり、現代社会がひっくり返るようなことが起こってその後教団が支配する世の中が来るという考え方はカルト集団ではポピュラーな考え方だが、実際にその日に備えて民兵組織を作る団体も出てくるとなると、半分陰謀論の世界がこの世にできているようなものではないか。オウム真理教が事件を起こしたようにこうした団体がある日突発的に行動を起こさないとは限らない。終末思想とは縁遠い日本であんな事件が起きたのだから、宗教色がより強くて陰謀論や終末思想がより強く、民間人の武装ハードルも格段に低いアメリカで陰謀論的世界観に凝り固まったカルト団体が事件を起こすというのはありそうな事に思える。ファークライ5というFPSゲームでは敵が地域一帯を支配するカルト宗教団体らしいが、この番組を見た後では現実味のある敵だなあと思ってしまう。
ドキュメンタリー『カルト集団と過激な信仰』はアマゾンプライムビデオで視聴可能。児童虐待や暴力などが含まれる内容なので気楽に見れる番組ではないが、カルト宗教に対する免疫をつけるためにも見ておいた方が良い。