『続·ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』本作を褒めるというインテリ仕草に加担したくない

『続·ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』をアマゾンプライムビデオで観た。

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あらすじ

カザフスタンのジャーナリスト、ボラットは前作で世界中にカザフスタンの失態を晒したことで終身強制労働刑に処されていた。しかしカザフスタンの大統領はボラットを呼び出し、トランプ大統領に気に入られるため(プーチンや金正恩のように)、カザフスタンの文科大臣でポルノ男優のお猿のジョニーを貢ぎ物として持っていけと命令される。ボラット世界のカザフスタンはとにかくめちゃくちゃな国で女の子が生まれると農林野生省の管理下におかれ、柵の中で育てられる。

安い貨物船に乗せられ世界各地を経由してアメリカに到着したボラット。ジョニーの入った木箱を開けると、そこにいたのはボラットの娘トゥーターとジョニーの死骸だった。アニメ「メラニア」(トランプ大統領の妻をディズニープリンセス風に描く)を見て金持ちのジジイと結婚することを夢見る彼女は箱に入ってアメリカに密入国してきたのだ。仕方がないのでボラットはトゥーターを女好きの副大統領マイク・ペンスへの貢ぎ物にすることに。

感想:こういう映画を褒めるというインテリ仕草に加担したくない

まぁ正直言えば笑えなかった。ギャグの感覚が自分とは全く違うんだろうなと。実際の共和党のパーティに乱入したり、元ニューヨーク市長で弁護士のジュリアーニにハニートラップを仕掛けてひっかけたり色々日本じゃできないようなことはやっているのだけど。アメリカにもパパ活で生きている女性がいたり、カメラ回っているというのにヤる気だったとしか思えないジュリアーニとか興味深いものもあった。特にジュリアーニの脇の甘さは異常。いくらなんでも馬鹿すぎると思ったがアメリカではそういう脇の甘さも逆に庶民的でウケるのかもしれない。

この映画素人相手の実録風映画という体をとってるので、ボラットの突飛な行動を他の人が苦笑いしたり戸惑いながら受け流すだけだから会話のやり取りが面白くないんだよね。面白いって言ってる人は正直「これはインテリのやってる過激な風刺映画だから笑わなきゃインテリじゃない」と思っているんじゃないの? と疑ってしまう。ボラットが床屋のバイトするシーンとか全く笑えなかった。

ドキュメンタリーの面白さという意味もあんまりないというか、面白いシーンをカットしてる疑いがある。これは反ロックダウン集会に出た時のシーンだが、実際には激怒した参加者に襲われたそうだ。

これ普通に考えたら絶対使うべきでしょ。撮影者の意図しないことが起こって大騒動になるなんて映画に組み込めばドキュメンタリーならではの面白さが出るはずだ。怒り心頭に達したアメリカ人はUSAコールして集団で暴れるとか、アメリカ人の国民性を表してるようなシーンなのに。素人相手にだまし討ちのようなインタビューを仕掛けて映画を作るのに、自分の想定する範囲を超えたら映画に使わないというのは腑抜けた態度と言わざるを得ない。上のツイッターのような事故的シーンをカットするのだったらキッチリ脚本を作って役者に演じさせて完成度を上げたほうがギャグとしても風刺としても面白くなるのではないか。というか、劇中では反ロックダウン集会の客は「オバマに武漢ウイルスを注射しろ!」という曲を喜んで聞くおめでたいバカとして撮られているのに、実際はめちゃくちゃ怒られたとかフェイクニュースなんじゃないの。

世間でこれが過激過激ともてはやされてるのもわからない。だってこの映画って「女性差別は良くない! ユダヤ人差別もよくない! 共和党支持者は頭がおかしい!」っていう実にリベラル的な価値観で撮られていてそこから一歩も足をはみ出さないでしょ。本作を観てそうかカザフスタンでは娘は檻にいれて育ててるのか! それこそ女の正しい育て方だ! って思う人はまずいないはず。「過激」とか「危険」というのは一般的な常識や良識に揺さぶりをかけ価値観を覆すモノに対して与えられるべき評価だ。本作では確かにちんこまんこの話がいっぱい出てるけど、下ネタがあれば過激なのかと言ったらそうじゃないと思う。なんつうか下品なだけであって人間性に対する洞察がないんだよねこの映画。本作でボラットと弄くられている人間の間にはただ<弄っている―弄くられている>という一方的な関係しかなく、価値観が揺らいだり関係が入れ替わったりするようなスリリングさはまったくない。

この映画のいいところを挙げるとすればマイク・ペンスが演説でアメリカはコロナウイルスを迎え撃つ準備は出来ていると言っているところを写したところ。そして後半でコロナウイルスが蔓延して登場人物がマスクをするようになっているところも撮影している。映画のオチもコロナウイルスという撮影中の時事ネタを取り込んだものになっていて、その柔軟性というか時代への対応の仕方はドキュメンタリーとして面白いと言えるのではないか。後「父ちゃんの言うことは全部ウソだ! だからホロコーストも嘘なんだ!」って娘が目覚めたシーンは唯一ちょっと笑えたシーンですかね。

で、この映画の嫌なところはこの映画を褒めなきゃインテリじゃないという空気ができているところですね。あらゆる方向を攻撃しているようで、この映画で弄くられているのは南部とか共和党だけでインテリのリベラルは何も痛みを感じないと思うのだ。そして弄くられている層の人間はこの映画を見て当然怒るだろうが、インテリのリベラルは怒っている人を見て社会風刺のわからない奴と見下してまた優越感を得るのだろう。更にそういう見下した視線に対して保守派は更に怒りを燃やす。こうしてどんどん両者の間に溝が出来ていって社会は分断していく。だから自分はこの映画を見て笑うというインテリ仕草に加担したくないのだ。

真にインテリならば社会全体の知的化に力を注ぐべきであって、こういうインテリ層でない人間を見下して笑うような態度は全く役に立たないし、むしろ有害だろう。社会の分断を招いているのはどちらにも原因があるのではないか。ポピュリストが台頭して社会全体が危機に陥っていると思った時やるべきことはポピュリストの支持者をバカにしてインテリ仲間同士で溜飲を下げることか? ポピュリストを支持している層がどんなことを考えてどんな危機感を持っているか分析して対応するべきなんじゃないのか? そもそもポピュリズムという言葉自体がインテリじゃない人間は政治参加するなという言外の思惑を感じて好きじゃないが。

こういうことを言うとお前は社会風刺というものをわかっていないと言われるだろうが、風刺の面白さというのは誰もが知っていながら言語化できていないものを形にするということがあると思う。女性差別が良くないのもトランプが暴言を吐くのも皆わかってるわけで、もうここに問題があります! と言って評価される時期ではないのではないか。なぜそのようなことが起きるのか、なぜ支持されているのかといった一歩踏み込んだ問題意識が求められていると思う。女性差別の問題に関しても、陰謀論を信じているようなオッサンすら「女性には権利もあるし物事を判断する力もある」と言ってるわけで、これだけ男女平等の考えが広まっているのにまだなくならない女性差別の問題や理由はどこにあるのかというような意識の突き詰め方が必要だろう。ただカザフスタン(この映画の中に出てくるデタラメカザフスタンですよ?)からやってきた異常な女性観の持ち主キャラをお出しして一般人にドン引きされるだけというのはあまりにも浅い。逆に今もレイプ被害者の女性が処刑されるようなイスラム社会に行って殺されること覚悟でそれを茶化すような撮影をしたらすごいがそれはできないんでしょ?

別に社会風刺そのものが必要ないと言ってるわけではない。ただこの映画の問題意識は浅いし、笑いへの変え方も下品なことやってるだけにしか見えなかったというだけだ。『帰ってきたヒトラー』の方が面白かったぞ。

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