ジャンルの始祖はジャンルの内に入らない問題、あるいはジョーズはサメ映画ではない問題

「ジャンルの始祖はそのジャンルのお約束に縛られていない」という当たり前かつ意外と忘れがちな話をしたい。あるいは『ジョーズ』はサメ映画ではないかもしれないっていう話を。

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ミステリの始祖の続編はアンチ・ミステリ?

例えば「ミステリ」だ。シャーロック・ホームズに代表される探偵小説・推理小説の始祖はエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』であるというのは皆知っている定説である。

変わり者の天才探偵と語り手としての普通人な助手という関係性はすでにこの小説で完成され、その後のジャンルに引き継がれた。

しかしこの『モルグ街の殺人』の続編、『マリー・ロジェの謎』をミステリとして読むと大いに面食らうだろう。なにせこの探偵小説、犯人を捕まえないし謎も解かない。マリー・ロジェという若い娘が失踪のはてにセーヌ川で死体となって発見されたという殺人事件について、新聞を読みながらあれこれと推測するだけ。結局事件がどうなったかはっきりとはわからない。ミステリのジャンルの定型からしたら、『マリー・ロジェの謎』はほとんどアンチ・ミステリだ。

だがこの読み取り方はあくまでミステリというジャンルが確立された現在からみた視点である。

現在は「ミステリ=謎があってそれを解く」というのがジャンルの定型になっている。でももしかしたら『マリー・ロジェの謎』のように実在の事件に題を取り、話を膨らますのがミステリという認識になった世界もあったかもしれない。もしも『マリー・ロジェの謎』の出来がもっと良かったら。ジャンルの始祖作品に、今の目から見てジャンルの定型から外れている部分があったら、それはあったかもしれないジャンルの可能性の化石なのかもしれない。

だから『マリー・ロジェの謎』を読んでアンチミステリだなんだいうのは間違いだ。だってその頃はジャンルのお約束なんてなかったんだから。

ガンダムはスーパーロボットアニメ?

また違うパターンで、始祖作品はまだまだ前駆者の影響下にあり新ジャンルの内に入っていないというパターンもある。リアルロボットアニメ」の始祖ということになっている『機動戦士ガンダム』はそうなのではないか。

そもそもリアルロボットアニメとは劇中においてリアリティを追求し軍事的要素を取り入れたロボットアニメという事になっているが、実際初代ガンダムはそこまでリアリティを追求しているだろうか?

スーパーロボットアニメの主役メカはワンオフの一点物なのに対してリアルロボットアニメの主役メカは量産品の一つなんて説明がよくされている。しかし実際のアニメを見るとわかるが、確かにガンダムは軍事兵器ではあるが、試作型の特別品で、劇中同じメカが同時に登場することはない。これが一般的な戦争ものであれば主人公の乗る戦車なり飛行機は大量生産された機体の一つにすぎない。だが劇中の活躍を見るとガンダムは単なる兵器の一つにすぎないどころか、敵の機動兵器ザクの攻撃を受けてもびくともせず、手でパイプを引きちぎり、ビームサーベルの一突きでザクを倒すというヒーロー的な活躍を見せている。演出的に見ればガンダムはスーパーロボットアニメのそれとあまり変わらない。『マジンガーZ』から始まるスーパーロボットアニメでは、主役メカと主役メカが守る研究所というのがセットになっていたが、ガンダムでは研究所の代わりに移動する強襲揚陸艦ホワイトベースをおいただけなのではないだろうか。主人公の設定もロボットの開発者の親族が開発した新兵器に乗って戦うという点で『マジンガーZ』の兜甲児と『ガンダム』のアムロ・レイは共通している。

つまりリアルロボットアニメの始祖と言われている『ガンダム』は、軍事的なフレーバーを足しただけで本質的にスーパーロボットアニメなのではないか。

念の為言っておくと、だから『ガンダム』は駄目だとかつまらないとか言っているわけではない。ファーストガンダムは一番面白いTVアニメシリーズの一つだと思っている。ただスーパーロボットアニメの延長線上にあるアニメだったと言いたいのだ。スーパーロボットアニメとリアルロボットアニメというジャンル分けがされていると、まるでリアリティがあるのはリアルロボットアニメだけのように考えられてしまうが、マジンガーZだって当時の基準ではリアリティを追求して作られたし、リアルロボットアニメの代表的な作品にもヒロイックな要素はあるのだからリアリティを元に「スーパー」と「リアル」を分けるのは難しいのではないか。

だから「リアルロボットアニメ」の定義としては「リアリティを追求し軍事的要素を取り入れたロボットアニメ」というより、「機動戦士ガンダムの影響下にあるロボットアニメ」という方がより正しい。だとしたら『ガンダム』は『ガンダム』の影響下にはないのだからリアルロボットアニメではなく、軍事的な要素を取り入れたスーパーロボットアニメということになってしまうが、こちらのほうが実態に即しているのではないだろうか。そして『ガンダム』のフォロワーが形成したのがリアルロボットアニメというジャンルだ。

『ジョーズ』はサメ映画ではない?

つまりその後のジャンルに引き継がれなかった要素があったにしろ、前駆者の影響下にあり続けたからにしろ、多くのフォロワーを生み、ジャンルを生んだ始祖はまだジャンルの内に入ってないと言えるのではないか。

この理論でいうと例えば『ジョーズ』もサメ映画ではなくなる。なぜならサメ映画とはジョーズの二番煎じをしようとしているジャンルだからである。イエス・キリストがキリスト教徒ではないのと同じである。さらに言えばスーパーロボットアニメの始祖『マジンガーZ』もスーパーロボットアニメではなくSFヒーローアニメになるだろう。

ジャンルを成立させた作品を見るときは注意しなければならない。その作品に出てきているお約束ごとや、逆にお約束から外れているように見えるものは事後的に観たからそう判断してしまうのであって、始祖の作品にはジャンルが生まれる前の無限の可能性を内包しているのだから。

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