大正時代、「人鬼」と呼び伝えられる超能力者についての伝承を蒐集している帝大の臨時学者、南辺田廣章とその書生、山内真汐が主人公の民俗学ミステリ。
かつてあった、アイヌの姿を借りて鬼から隠れ各地を移動する村、流れ歩く村に伝わる変身婚とその村の「神に聴く者」が話の中心になり、現在と過去が交差するストーリーになっている。
村はなぜ滅んでしまったのか?などのミステリーや、駆け落ちする夫婦の心情描写、仕込み杖を奮って戦う真汐のアクションなど、エンタメ要素が程よく混ぜ合わせられて楽しめた一冊。
だけど読んでる途中で気がついたが、シリーズ第二作をいきなり読んでしまったようだ。前にやってしまった、「野崎まど『2』をいきなり読む」よりは取り返しのつかないことではなさそうなので前作も読まないと。
疑似科学批判急先鋒の蓮見教授に呼び出された新進気鋭の学者・宇賀神は、かつての恋人で同じ研究者の美冬が疑似科学商品「万能深海酵母・VEDY」の開発に協力し、失踪していることを知らされる。疑似科学を厳しく糾弾していたはずの彼女はなぜそんなことに手を染めてしまったのか? そして今はどこへ消えてしまったのか? 宇賀神は研究室のメンバー圭にVEDYに関わる人間を調査させる──といった科学ミステリ。
科学は人に優しくない。科学は人によりよい生き方を教えてくれたりしない。故に科学の装いをまとって人の感情につけこむ疑似科学が世の中からなくならない。VEDY関係者の怪しげな健全さや美冬に関する真相は面白いし、疑似科学に対する啓発の役目も果たしているかもしれない。
でもなんか足りないものがあって、それは登場人物の魅力。横暴な准教授・宇賀神とその雑用をさせられている大学院生・圭という主役コンビが「性格の悪い探偵役と振り回される助手役」でしかないのがなんかね。というかキャラクターを立てようとする意志もあまり感じられない。疑似科学に関するミステリーを書くという目的のためにこうした人物が要請されるので用意しました一応最低限のキャラは付けておきます、という感じだ。
もちろんキャラクターを愛でるだけが小説の読み方ではないし、疑似科学に汚染された科学を書くのが主目的なのかもしれない。完全に向こう側にいっちゃってる人には何を読ませても無駄だろうけど、境界線にある人に読ませたら気持ちは変わったりするかもしれん。ちょっと貶したようだけど別につまらないってことはないので、疑似科学関係のウォッチャーや一時期ハマってた人にはオススメです。
「ブラウン神父シリーズ」で有名なチェスタトンの書いたミステリ短編集。いわば逆説ミステリ。
主人公はブラウン神父ではなくタイトルにあるとおりポンド氏。チェスタトンの晩年に書かれたものらしい。
普段は温厚な紳士ポンド氏だが、彼と話をしていると時おり奇妙な逆説が飛び出してくる。「兵士が命令に忠実に行動したために処刑に失敗した」とか「コーヒーに毒が入っています!と叫んだので男はコーヒーを飲んで死んでしまった」とか。
それはおかしいじゃないかと一から話を聞いてみると真相があってなるほどこういうためにそんなことが起こったのかと謎が解消されるという仕組みになっている。自分に言わせればこれは逆説じゃなくてポンド氏の説明が著しく下手、もしくは他人に理解させようとしていない、ひょっとしたらわざわざ逆説めいた表現をして人を驚かせたいだけだと思う。
当時の時勢に対する文芸批評と思われるパートも多く、短編ミステリはだいたい読みやすくさらっと終わるものなのだが『ポンド氏の逆説』はひどく飲み込みにくいゴツゴツした作品。ブラウン神父シリーズも決してスルスル読める文体ではなかったので、多分翻訳が悪いのではなくこういうものなんじゃないかなぁ。