テリー・ギリアムがとうとうドン・キホーテの映画を完成させたそうだ。その名も『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』。原題は『ドン・キホーテを殺した男』だが、ここまで製作者の名前が全面に押し出された邦題は珍しい。
ギリアムにとってドン・キホーテの映画化というのは長年の夢で、取り掛かったのが1989年だそうだから完成まで30年近くかかったというわけだ。並大抵の執念ではない。映画公式サイトによると企画頓挫を9回繰り返した末にとうとう完成したらしい。並大抵の執念ではない。
『ドン・キホーテ』は近代文学の祖といわれる古典中の古典だが、現代の目からみてもかなりエッジのきいた小説で、単純に筋を追っただけでは原作の大切な要素を取り逃すのではないかと思われる。なのでどんなアプローチで映画化するつもりなのか非常に気になる。
そして最初に映画化に取り掛かった時にプロジェクトが破綻した時のことが『ロスト・イン・ラ・マンチャ』というドキュメンタリー映画になっているので、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』を観に行く前に観て予習しておくことにした。多分、より感慨深く観ることができるだろう。
アマゾンプライムビデオの見放題作品なので気軽に見れた。プライムビデオ『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』『Dr.パルナサスの鏡』など結構テリー・ギリアム作品が充実している。
テリー・ギリアムが最初に脚本を書いたのは1991年のこと。『ドン・キホーテ』は騎士道物語を読み耽る内に現実と物語の区別がつかなくなり、自分を騎士だと思い込んだ男アロンソ・キハーノがドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャと名乗り騎士の冒険に出るという物語だ。映画では現代の広告マン(ジョニー・デップが配役されていた)が17世紀にタイムスリップし、サンチョ・パンサと間違えられてドン・キホーテと共に旅に出るというストーリーだったらしい。
物語に取り憑かれた人間というテーマに強く惹かれるというのは個人的によくわかる。『ロスト・イン・ラ・マンチャ』はプロジェクト失敗を前提として作られた映画ではなく、製作過程を見せるドキュメンタリー映画の予定だったので、撮影準備をするテリー・ギリアム監督が生き生きとしてとても楽しそうなのが印象的だ。ドン・キホーテの映画に情熱を注いでるのが伝わってくる。
ちなみにドン・キホーテの映画化はオーソン・ウェルズも取り掛かっていたらしく、1957年に製作開始したが85年にウェルズが亡くなって未完になったそうだ。『ドン・キホーテ』自体が呪われたプロジェクトなのだと映画は語る。
この『ドン・キホーテを殺した男』は欧州資本のみで映画化することになったため、大規模な予算で映画化することができず、当初から非常にキツキツのプロジェクトになっていた。映画『バロン』を制作する時に悪いプロデューサーに騙され大幅に予算オーバーしたため、「映画製作の失敗例」「手に負えない監督」として扱われ、新企画を立ち上げることが不可能に近くなっていたからだという。
予算が足りないため、スケジュールを長期間まとまって押さえることができず、直前になっても役者たちは顔合わせすることがなく、スタッフもバラバラの国で作業をしていた。なにかアクシデントがあっても修正する時間がない。貧乏はあらゆる災厄の元だ。
撮影開始後も笑い事じゃない災難が続く。ロケ地近くにNATOの軍事基地があり、撮影中しょっちゅう飛行機の轟音が響く。音は後から収録しなおせばいいと撮影を続行するも、大雨、それもあたりを川にしてしまうような豪雨に見舞われる。
雨が明けた後も白い荒涼とした砂漠は黒ずんでしまい、それまで撮影した分と整合性が取れなくなってしまう。ドン・キホーテを演じるジャン・ロシュフォールが痛みを訴え、馬に乗って演技するのも難しくなる。医者に見せるため主役が撮影を抜けてしまった上に椎間板ヘルニアと診断され復帰の目処が立たなくなってしまった。ドン・キホーテのイメージにピッタリの老人で馬に乗れて演技ができる役者というのが希少な人材で、ギリアムも配役を変えたくない。撮影は中止になり映画の権利は保険会社が持つことになってしまった。この作品を諦めた半年後――ギリアムは再び映画化を決意した
とテロップが出てエンド。
『ロスト・イン・ラ・マンチャ』単体で観たら非常にやきもきした気持ちになるだけだっただろう。観ていると原作の要素だなとわかるところもところどころあり、オリジナル要素の現代の広告マンがどう絡んでいくのか、そして原作のメタ要素は活かされているのか、気になる要素は色々ある。
だが、2020年現在、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は完成している! 公式サイトのあらすじを読むに『ロスト・イン・ラ・マンチャ』から変更されたところはかなりあるものの、映画館に足を運べばこの映画の続きが見れる! というわけで苦難の末完成した『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』を観るのが楽しみです。