損保ジャパン日本興亜美術館で開催されている「カール・ラーション」展に行ってきた。展覧会は当然写真禁止なので画像はほぼほぼウィキペディア・コモンズのパブリックドメインです。
カール・ラーションは19世紀から20世紀にかけて活動していたスウェーデンの画家で、現在ではスウェーデンの国民的人気画家と見なされているそうだ。亡くなったのが1919年で第一次世界大戦終結が1918年だからその当時の人です。
カール・ラーションが画題としていたのは自分たちの家族、そして家。スウェーデンのダーラナ地方に「リッラ・ヒュットネース1)岬の小さな製錬小屋という意味」と呼ばれる伝統的な家を手に入れたカールは、妻のカーリンと共に家を改築し、カーリンの作った家具やインテリアで整えられた自分たちの暮らしを明るい色彩の水彩画で描き、画集『わたしの家』として出版した。
妻のカーリンも画家であり、結婚してからは絵を描かないように夫に言われたが、その芸術センスはタペストリーや家具作りに活かされ、カールも自身の絵を完成させる前にはかならず妻の意見を聞いてから筆を置いたそうだ2)この妻を一人の芸術家としてではなくミューズとしての存在としか受け入れなかったのは問題として考えなくてはならないが、長くなるしこの稿とは関係ないのでここでは置いておく。カーリンはスウェーデンのテキスタイルデザインの方向性を決めた先駆者として評価されている。
ラーション夫妻の芸術は暮らしと生活の芸術化といえるだろう。
なぜ夫妻はそのような芸術を志向したのか。それは時代性が大きく関わっている。
産業革命が起きたことによって製品が大量生産されるようになったのは良かったものの、出来上がった商品は安価で粗悪なものが多かった。そこでイギリスのウィリアム・モリスというデザイナーが「アーツ・アンド・クラフツ運動」というものを唱えた。大量生産品を否定して中世の手仕事に帰ろうという運動である。
こうした大量生産品への反発、職人芸の美術を継承しようという気風は世界的な流れで、ドイツでもドイツ工作連盟という団体が結成されたり、日本でも民藝運動が始まったりといろいろなものがある。そしてスウェーデンでそうした運動を担っていたのがラーションだったワケだ。
結局職人による手仕事はどうしたって値段が高くなるので一般化はしなかったが、人々が普段使っている日用品にも美が必要だという考え方は彼らのおかげで普及・発展し、後のインダストリアルデザインなどへつながった。
スウェーデンの社会批評家のエレン・ケイは『万人のための美』でラーションを取り上げたが、まさにこの「万人のための美」はラーションの目指していたものであり、ウィリアム・モリスやル・コルビュジエらも共通して目指していたものだと思う。
ラーションを見て私なんかは「イケアっぽい、モダン」とか思っちゃうけど、それは逆でラーションの美がイケアに影響を与え、そして現代の我々の価値観を支配している。芸術はただ美術館の中で展示されているだけではなく、時代や世界の価値観全体を変える力がある。そして現在の我々の価値観を規定しているのはデュシャンではなく、ラーションなのではないかと思う。もちろんこうした美の民主化運動は世界中どこでも行われていたが、ラーションの場合はイケアに繋がっているのがデカい。
デュシャンは既成品をそのままオブジェにするレディメイドを提唱したが、もし日常品にも美が必要だと考える人間がいなかったら、大量生産品が粗悪品のままだったらレディメイドを発表しただろうか?
フェルメールもいい、ムンクもいい、デュシャンもいい、でもラーションも観に行こう。